文化人類学、社会学におけるフィールドワークから社会や集団を調査する手法、さらにその調査書。近年、消費者を理解するために活用することが増えている。

 エスノ(ethno-)は「民族」を、グラフィー(-graphy)は「記述」を指しますので「民族誌」と訳されます。文化人類学や社会学において集団や社会の行動様式を調査し、記録する行為やその調査書を指します。アンケートなどで統計的にとらえる定量分析と対を成し、インタビューや観察から定性的に調べることが特色です。 

 多くの企業は、顧客を理解するためにデータベースを使っています。購買履歴や来店・購入頻度、年齢、住所、家族構成といった情報が蓄積されると、重要な顧客に共通するプロフィールや購買行動を推し量られます。効果的な販促や新商品のヒントを得られるようになったのは確かでしょう。

 しかし、データベースによる定量分析は、顧客を属性ごとに類型化するものです。粗い切り口では微妙なニーズは見つけられません。商品サイクルが早くなり、顧客の嗜好が多様化する現在、昨日売れた商品が明日も売れるとは限りません。そこで見直されるようになったのが、定性分析です。質的分析とも呼ばれます。エスノグラフィーは企業が消費者を定性的に理解する手段として注目を集めています。

効果◆新商品開発に効果

 エスノグラフィーが発達した理由は、植民地政策の名残や多民族国家という背景だといわれています。欧米企業のほうが、商品開発やマーケティングに生かすのに熱心です。ある大手飲料メーカーは、消費者に終日尾行し行動をつぶさに観察し綿密に記録していたそうです。こうした業務を担う専門家はエスノグラファーと呼ばれています。POS(販売時点情報管理)から分からない実態が把握できるのでしょう。「なぜ買ったか」すなわち「なぜ売れたか」が分かっても、次に「何が売れるか」は見えづらいもの。エスノグラフィーでの行動観察や綿密なインタビューは、新しい市場、隠れた需要を発掘するかもしれません。

 日本企業でも消費者の行動観察や、グループインタビューやデプスインタビューといった聞き取り調査は珍しくありませんが、エスノグラフィーの手法にのっとり組織的に実践する事例はまだ少ないようです。

事例◆大日本印刷は新サービス開発に活用

 大日本印刷は2009年に携帯電話に所有者に役立ちそうな情報を無料で配信する『Magitti(マジッティ)』というサービスを始めます。開発に当たり、米パロアルト研究所のエスノグラファーに協力を仰ぎました。両者は渋谷の若者にインタビューを繰り返し、エスノグラフィー的なアプローチによってこれまで消費者の潜在的な需要を吸い上げて、サービスの構想を練りました。