文・神瀬 悠一(NTTデータ経営研究所 情報戦略コンサルティング本部 シニアマネージャー)

 民間企業や公共部門のシステムが高度化・複雑化するにつれ、IT資産の適切な管理と有効活用の重要性が高まっています。とりわけ無形資産であるソフトウエアの管理は難しいと言われ、管理手法も十分に確立されていなかったため、適切な管理が行われていないのが実態でした。

 このような状況の中、コンプライアンスやITガバナンスの一環として、適切なソフトウエア資産管理が強く求められるようになってきています。組織内のソフトウエア資産の有効な管理、制御及び保護のために、ライフサイクル全般(計画、購買、導入・展開、利用、廃棄)にわたってソフトウエアの使用・保有状況などを管理する仕組みを「SAM(Software Asset Management)」と呼びます。

SAMの導入が求められる背景

 SAMの導入が求められている背景は、「利用者の視点」「提供者の視点」「政府の視点」で整理することができます。

◆利用者の視点
 まず利用者の視点では、図1に示したようにITガバナンスの強化を求める昨今の法規制の変化が、SAMの必要性が高まっている最大の要因と言われています。また、法規制の変化に呼応するように、ISMS(ISO/IEC27000)やITSM(ISO/IEC20000)の規格化や、認証の取得が取引条件に追加されるなどの動きもSAMの導入を後押ししているものと考えられます。

図1●法規制の変化とSAMの必要性
図1●法規制の変化とSAMの必要性

◆提供者の視点
 次に提供者の視点です。図2にある「第6回BSA-IDC世界ソフトウエア違法コピー調査」によると、日本国内におけるソフトウエアの違法コピー率は21%、損害額は約1350億円(1ドル90円で換算)です。これはソフトウエア提供事業者にとっては販売の機会損失となっているため、利用者側でのSAMの普及・展開を積極的に支援する要因になっていると考えられます。

図2●2008年の違法コピー率と損害額
図2●2008年の違法コピー率と損害額
出典:BSA(Business Software Alliance)のリリース記事「BSA、2008年のソフトウェア違法コピー調査の結果を発表 」

◆政府の視点
 最後に政府の視点を見てみましょう。「2008年IDC違法コピー経済効果調査」によると、2008年からの4年間でソフトウエアの違法コピー率が10%低下した場合の経済効果は、1万2400人の新たな雇用創出、89億ドル(1ドル90円換算で8010億円)のGDP(国内総生産)浮揚効果、20億ドル(同1800億円)の税収増が見込めるとしています。

 現時点では、ソフトウエア資産管理を直接的に求める法規制の制改定の動きは目立ちませんが、著作権法改正等の違法コピー削減に向けた規制は、今後も強化されていくでしょう。

 SAMの概念自体は目新しいものではありませんが、利用者、提供者、政府という利害関係者にとってSAMの導入を推進する動機づけがあることが、昨今SAMがクローズアップされている理由と考えられます。

SAMの導入による期待効果

 SAMの導入により、各組織のソフトウエア資産について「何を保有しているか」「どこで稼働しているか」「どの資産上で稼働しているか」「どの資産と連携しているか」「誰が使用しているか」「重複はないか」といった現状や、「どこで使用されるのが一番良いか」「今後どのような資産が必要か」といった今後について、認識することが可能になります。

 また、SAMの導入はコンプライアンスの強化、アカウンタビリティの強化という守りの側面だけでなく、可視化された情報の活用の仕方次第で「IT投資対効果の向上」「TCO(Total Cost of Ownership)の削減」「リスクの低減」という効果も期待できます。

◆IT投資対効果の向上
・必要なソフトウエアに関する判断力の向上(ライフサイクルマネジメントの強化)
・「使えない」「使われない」ソフトウエアの導入を抑制
・標準化(EA)の推進による環境変化への俊敏性の獲得 など

◆TCOの削減
・サポートに必要なコストや手間の削減
・使用されていないソフトウエア(過剰資産)の把握とライセンス重複取得の防止
・ソフトウエアの同時一括購買によるボリュームディスカウント など

◆リスクの低減
・技術サポート、製品保証、セキュリティパッチ等の情報へのアクセシビリティ向上
・不正なソフトウエア利用によるセキュリティ事故の防止
・影響範囲の的確な把握によるインシデント対応力の向上 など

 SAMの導入により上述の効果を得るためには、共通目的の醸成、トップダウンによる推進、円滑なコミュニケーション、成熟度向上に向けた継続的改善という4点が重要になると考えられます。