文・菊池 雅也(NTTデータ経営研究所 情報戦略コンサルティング本部 マネージャー)

 政府のIT戦略本部は2009年7月、新たなIT政策として「i-Japan戦略2015」を公表しました。この新戦略におけるスコープとしては、「デジタル特区等による三大重点プロジェクト(電子政府・電子自治体、医療・健康、教育・人財)の推進」「産業・地域の活性化及び新産業の育成」「あらゆる分野の発展を支えるデジタル基盤の整備推進」が掲げられています。

 その中でも、電子政府・電子自治体に関する政策では、「有用な行政情報の電子化による利活用、公開等を推進するとともに、業務改革としての業務・システム最適化の徹底、行政情報システムの全体最適化をさらに推進するため、電子政府・電子自治体クラウドの構築等により、サーバを含む行政情報システムの共同利用や統合・集約化を進めること」と明記されています。このような政策を受けて、電子政府・電子自治体クラウド(霞が関クラウド・自治体クラウド)への注目が集まっています。

霞が関クラウド・自治体クラウドの概要

 それでは、霞が関クラウド・自治体クラウドとは具体的にどのような政策を指すのでしょうか。ここでは、2009年度一時補正予算の内訳と、総務省の「ICTビジョン懇談会」での討議結果から、霞が関クラウド・自治体クラウドの概要を見ていくことにします。

 政府が公表した2009年度一次補正予算(2009年4月国会提出、2009年5月成立、※1)によると、経済危機対策関係経費の歳出、国債整理基金特別会計の繰り入れ、経済緊急対応予備費の修正等を含め、歳出総額は13兆9256億円であり過去最大規模の補正予算額となっています。

 このうち、総務省が所管する3955億円の補正予算額の内訳を見ると、「電子政府・電子自治体の加速」として297億3000万円が計上されています。さらに、この内訳を見ると「電子行政クラウドの推進(霞が関・自治体クラウド及び国民電子私書箱構想の推進)」として207億4000万円が計上されています。「電子行政クラウドの推進」の詳細は以下の通りとなっています。

  1. ワンストップの行政サービスの実現に向けた国民電子私書箱構想の推進(30億円)
  2. クラウド・ネットワーク技術の研究開発等(156億3000万円)
  3. 自治体クラウドの開発実証(20億円)
  4. 政府情報システムの全体最適化のための調査検討(1億円)

 2.と3.の具体的な実施内容としては、「企業や研究機関による安全性・信頼性の高いクラウドサービスに対応したネットワーク技術を開発・検証し、これに必要な次世代クラウドシュミレータ等を整備すると共に、自然エネルギーを活用した太陽光や自然空調等、先進的な省エネ技術を導入した設備も併せて整備」および「全国3箇所にバランスよく分散配置されたデータセンターに、都道府県のリーダーシップの下、自治体の業務システムを集約し、クラウド・コンピューティングにより、データ連携、バックアップ、負荷分散等、効率的な連携運用を実現」とされています。

 また、総務省が2009年6月に公表した「ICTビジョン懇談会報告書」では、電子行政の取り組み方針として「各府省の情報システムの最適化をさらに進めていく必要がある。情報システムの効率化・費用低廉化に向け、クラウド・コンピューティング技術等の最新の技術を活用し、可能なものから順次システムの統合化・集約化等を図る『霞が関クラウド』の構築を進めるべきである」および「地方公共団体においても、複数の地方公共団体が可能なものから情報システムの統合化・集約化を図る『自治体クラウド』の構築を進めるべきである」と述べられています。

 以上を総括すると、霞が関クラウド・自治体クラウドとは、クラウド・コンピューティングの技術を活用して、府省間の情報システムあるいは地方公共団体間の情報システムの統合化・集約化を図り、情報システムの構築・運用などの効率化・低コスト化を図る取り組みであると言えます。さらに自治体クラウドについては、全国3カ所にデータセンターを配置し、都道府県が主管となり地方公共団体間で情報システムを統合化・集約化する見込みとなっています。

霞が関クラウド・自治体クラウドによる効用

 霞が関クラウド・自治体クラウドに取り組むことによる効用としては、先述したように、まずは行政における情報システムの構築・運用などの効率化・低コスト化が挙げられます。

 総務省が中心となり、霞が関クラウド・自治体クラウドの具体化に向けて検討を進めている「政府情報システムの整備の在り方に関する研究会」の中間取りまとめ(2009年8月)によると、現在の行政システムには次のような課題が内在していることが指摘されています。

  • 各府省各システム個別に情報システムの構築・運用を実施していることにより、ハードウエア資源やソフトウエア資源の無駄、重複投資、情報システムの管理運用に係る業務負担の増大、不十分な情報システムの安全対策等が生じている
  • 業務内容が関連している個別システム間において、情報システム連携が図られていないため、必要な情報を重複して取得する等、情報システムが保有する情報の利活用・共用が進んでいない
  • 関連する業務間におけるデータ連携のための業務フローの標準化等、業務見直し(BPR)が進んでいない

 このような課題を受けて、従来の「個別最適化」の取り組みから、「全体最適化」の取り組みに転換し、行政横断的な電子政府の取り組みを推進することが必要であると明示されています。すなわち、霞が関クラウド・自治体クラウドによって情報システムの統合化・集約化を図り、情報システムの構築・運用等の効率化を図ることは、上記のような課題が解決されることを意味しています。情報システムの統合化・集約化の方向性としては、行政内部の個別業務・システム間等のバックオフィス関連システムにおけるデータ連携だけでなく、電子申請システムなどの利用者(国民・企業)との接点があるフロントオフィス関連システムにおけるデータ連携も視野に入れられています。

 また、情報システムの構築・運用などの低コスト化については、現在の電子政府の構築・運用のための予算が約6000億円であるのに対して、霞が関クラウド・自治体クラウドが実現されることで約3割のコスト削減が可能になるとの考えもあります。

図1●行政システムの現状と今後の方向性
出所:総務省「政府情報システムの整備の在り方に関する研究会-中間取りまとめ」(2009年8月)

 情報システムの構築・運用等の効率化・低コスト化といった直接的な効用に加えて、霞が関クラウド・自治体クラウドによってサービス品質やサービス利便性の向上も見込まれています。

 政府の情報システムを効率的に統合化・集約化するための基盤として政府共通プラットフォームの整備が計画されています。この政府共通プラットフォームにおいて、政府機関の情報セキュリティ対策のための統一基準に準拠した一元的な管理が実施され、スケールメリットを生かしたバックアップ、24時間管理等の可用性の向上を図ることで、高度で統一的な情報システムの「安全性・信頼性の確保」が期待されています。

 また、政府共通プラットフォームでは、各府省に対してアプリケーション開発・テスト・動作のための環境を提供することで、新規サービスの迅速な立ち上げや期間限定のシステム構築ニーズなどに対応し、ハードウエア資源やソフトウエア資源の有効活用、情報システムの変更・拡張の効率化などの「柔軟性・即時性の向上」も期待されています。

 さらに、政府共通プラットフォームでは、フロントオフィス関連システムと各種データとが連携する機能が整備されるため、政府公開情報へのアクセス改善や関連情報を組み合わせた上での提供、利用者(国民・企業)による自己情報の確認等に寄与することが想定されています。具体的には、国民電子私書箱構想におけるワンストップ行政サービスや、自身の年金記録の確認や受給額のシミュレーションができるサービスなどを提供できるようになります。このように、行政の情報システムの効率化・低コスト化や高度化だけではなく、利用者(国民・企業)にとっての「有用性・利便性の向上」への期待も高まっています。

図2●政府共通プラットフォームにより期待される効果
出所:総務省「政府情報システムの整備の在り方に関する研究会-第2回討議資料」(2009年6月)

霞が関クラウド・自治体クラウドの今後の展望

 政府共通プラットフォームの今後の予定としては、「i-Japan戦略2015」の推進状況や「政府情報システムの整備の在り方に関する研究会」での検討状況を踏まえつつ、2012年から段階的な運用を開始し、2015年には各電子政府施策関連システムの本格稼動が見込まれています。

図3●政府共通プラットフォームの構築スケジュール
出所:総務省「政府情報システムの整備の在り方に関する研究会-第2回討議資料」(2009年6月)

 政府情報プラットフォームの構築にあたっては、統合化・集約化する対象システムの選定、統合化・集約化のレベル(SaaS・PaaS・HaaSなどのレベル)、提供する機能(利用者認証機能、ワークフロー機能、バックアップ機能など)、責任分界点・役割分担の明確化(政府情報プラットフォームと各システム所管府省との責任分界点など)といった課題が残されています。

 また、データ連携にあたっては、連携対象とする業務・システムの選定、データ連携に伴う業務フローの見直し、データの管理運用方針の明確化(個人情報、機密情報等の情報保護策)といった課題が残されています。

 これらの課題については、今後の各種検討会での討議結果を踏まえて方針・対策が構築される予定となっています。かつて、電子行政関連の政策として住民基本台帳ネットワークシステムが構築されましたが、政府・自治体の視点が中心であったため、あまり普及・活用されるには至りませんでした。政府情報プラットフォームでは、政府・自治体の視点に加えて利用者(国民・企業)の視点を十分に考慮し、情報システム・行政サービスの効率化・低コスト化だけではなく、行政サービスの高度化・高品質化を達成することが重要であると考えられます。