文・大宜見 教子(NTTデータ経営研究所 情報戦略コンサルティング本部 コンサルタント)

 IT戦略本部は2009年7月6日、「i-Japan戦略2015」(以下、「新戦略」と略す)を発表しました。

 新戦略は「IT新改革戦略(2006年1月発表)」を引き継ぐ新たなデジタル戦略という位置付けで、2015年までに実現すべきデジタル社会の将来像と実現に向けた戦略が描かれています。『国民主役の「デジタル安心・活力社会」の実現を目指して~Towards Digital inclusion & innovation」という副題がつけられており、「デジタル社会の実現に向けた取り組みを通じて、国際競争力を高め、世界に共通する課題を先んじて克服することにより、世界に対してのリーダーシップを発揮することを目指す」とも明記されています。

 新戦略は官主導で推進するのではなく、「官民が将来像を共有し、適切な役割分担の下で取り組む」としている点が特徴的です。

デジタル社会の将来像

 デジタル技術は、経済活動や社会のあり方を一新し、新しい活力を生み出す「力」を有しているとして、デジタル技術・情報の活用により、以下のような社会を実現するとしています。

  • デジタル技術が「空気」や「水」のように受け入れられ、経済社会全体を包摂(Digital Inclusion)することで、簡単な使い方で、公平に、必要な情報を必要なときに、安全・安心に利用でき、暮らしの豊かさや、人と人とのつながりを実感できる社会
  • デジタル技術・情報により、経済社会全体を改革し、新しい活力を生み出し(Digital Innovation)、個人・社会経済が活力を持って、新たな価値の創造・革新に自発的・前向きに取り組むことが可能となり、企業の低コスト高収益体質への変革、環境・資源制約と持続的経済成長の両立や国際社会との協調・連携及び共生が可能な社会

施策の3本柱

 これまでのデジタル戦略は、技術優先の志向が強く、サービス供給者側の理論に陥りがちであったため、国民がデジタル技術の利活用による社会経済構造の変革の成果(アウトカム)を実感するに至っていないという反省を踏まえ、新戦略では国民(利用者)視点に立った人間中心(Human Centric)のデジタル社会を実現することがうたわれています。

 なかでも、「デジタル技術の活用が遅れているものの今後その活用が浸透することによって国民生活の利便性が向上される」、および「疲弊している地域や低迷している産業を元気にする」、さらに「将来の成長につながる基盤整備」といった観点から、三大重点分野(電子政府・電子自治体分野、医療・健康分野、教育・人財分野)、産業・地域の活性化及び新産業の育成、デジタル基盤の整備を新戦略のスコープとしています。
その主な内容は以下のとおりです。

(1)三大重点分野

【電子政府・電子自治体分野】

  • 過去の計画(※1)のフォローアップを行い、行政改革に対する利用者満足度などの明確で客観的な評価基準の設定とPDCA(計画・実行・検証・改善)サイクルを制度化、および電子政府を推進していくための体制(司令塔機能)強化と電子政府・電子自治体を推進するための法制度の整備に取り組む
  • 電子空間上で安心して年金記録などの情報入手や管理ができる「国民電子私書箱(仮称)」(※2)を広く普及させ、社会保障分野だけでなく幅広い分野で国民に便利なワンストップサービスを提供し、行政手続の処理状況を追跡して自らの情報の所在を確認できる「行政の見える化」を推進する

【医療・健康分野】

  • 地域の医師不足など、医療が直面する問題への対応として、遠隔医療技術の活用により、自宅や地域の医療機関で、遠隔地にいる医師などのサポートによる質の高い医療を受けることを可能にし、医師の医療技術維持・向上に資する遠隔教育などの環境及び制度の整備を行うほか、地域医療連携や健康管理のため医療機関間の情報連携の仕組を整備する
  • 日本版EHR(※3)の実現により、個人が医療機関から入手・管理する健康情報を医療従事者に提示することで医療過誤が減少し、生涯を通じた継続的な医療が受けられるようになり、処方せんの電子交付および調剤情報の電子化による安全かつ利便性の高い医療サービスを実現、さらに匿名化された健康情報を全国規模で集積し、疫学的に活用することで医療の質を向上させる

【教育・人財分野】

  • 授業でのデジタル技術の活用などを推進し、子どもの学習意欲や学力・情報活用能力を向上させるため、教員のデジタル活用指導力の向上を図るほか、双方向でわかりやすい授業に資する電子黒板などデジタル機器の教室への普及と教育コンテンツの整備充実を図る
  • 高度デジタル人材の安定的・継続的な仕組みを確立するため、実践的な教育拠点の広域展開・充実と産学官連携によるナショナルセンター的機能の充実を図り、デジタル技術を用いたシステム・サービス供給側と利用側の双方に魅力ある処遇・キャリアパス実現の支援を行い、高度デジタル人財の認定・認証の仕組を検討、確立し、普及を図る

(2)産業・地域の活性化及び新産業の育成

  • デジタル技術・情報の活用により、全産業の構造改革と地域再生を実現し、我が国の産業の国際競争力強化を目指して、ASP・SaaSの普及促進に向けた各種ガイドラインの策定、中小企業の事業基盤整備やテレワーク就労人口の拡大(在宅型テレワーカーの倍層)、グリーンITや高度道路交通システム(ITS)の推進、クリエーティブな新市場の創出に向けた環境整備など、デジタル技術を活用した地域の活性化を推進する

(3)デジタル基盤の整備

  • あらゆる分野におけるデジタル活用の進展を支え、未来の成長を促すデジタル基盤の整備を目指して、超高速ブロードバンド基盤(固定系で1Gbpsクラス、移動系で100Mbps超クラス)の整備に加え、情報セキュリティ対策の確立、次世代IPネットワークのさらに先を見据えたデジタル基盤技術の開発推進、デジタル情報の流通・活用基盤の整備に取り組む
  • 新戦略の推進に向けて

     来るべきデジタル社会の実現に向けては、「情報がデジタル化されていない」「情報やシステムがつながっていない」「デジタル化を前提にしていない制度や利用者によるデジタル技術の利活用能力不足」といった課題が存在しているということです。また、「デジタル化された大量の情報・知識を利用ニーズに応じて選択・活用する技術の高度化」「デジタル技術の活用による個人情報や技術情報といった機密情報の漏えいの不安とリスクへの対処やリスクに応じた情報セキュリティの確保」といった課題への対応も求められています。

     これら課題の解決に向けて、政府では、2009年中にデジタル技術・情報の利活用を阻むような規制・制度・慣行などを見直すための第一次重点点検を行うことを予定しています。

     100年に一度といわれる未曽有の経済危機を乗り越え、新戦略が描く国民が主役となり、活力あるデジタル社会を実現するため、中長期的には、環境整備などを行政が支えつつ、国民や企業・NPO(非営利組織)・地域社会がイニシアチブをとって推進していくことが期待されています。