コンセプトや思いを、それらを想起させる物語を通して伝える。語り手の体験や身近な出来事をベースに物語を作ると、より効果的に聞き手の心に響かせやすくなる。

 企業規模が拡大するにつれて、経営トップの会社や事業や仕事の在り方に対する価値観を全社に浸透させることがますます重要になります。創業から間もない数十人程度の企業なら、トップがすべての社員と頻繁に話をする機会があるし、トップの仕事ぶりも自然と全社員の目に留まります。このため、トップの思いや価値観は暗黙知のままでも社員に伝わります。しかし、創業から何年もたち、社員数が数百人規模になると、そうはいきません。

 そこで有効な手法の1つが、会社が目指す将来像や価値観などを明文化した後、トップが様々な機会を利用し、体験談などを交えながら社員に説き続けることです。

 このように伝えたいコンセプトや思いを、それらを想起させる実体験などの物語を通して伝える手法を、「ストーリーテリング」と呼びます。

効果◆聞き手の心に響く

 ストーリーテリングの特長は、伝えたい言葉をただの単語の羅列として話すよりも、聞き手の心に響き、記憶に残りやすい点にあります。

 例えば、単に「顧客志向が大切です」といわれても、聞き手は業務にその考え方をどう生かせばいいのか想像しにくいでしょうし、聞き手の価値観によって異なるイメージを持つでしょう。これに対して、経営トップの体験談や社内の逸話などに関連づけて「だから顧客志向が大切なのです」と言われれば、具体的な共通のイメージを持ちやすくなります。

 効果的なストーリーテリングを実践するには、いくつかの体験談や逸話を整理しておき、伝えたい内容に応じて使い分けるといいでしょう。会社のトップなら、社員が思わず聞きたくなる成功体験や失敗体験を多数持っています。それらを上手に活用すれば、優れたストーリーテラーになれます。

事例◆「ウェイ」を浸透

 5~6年前から、会社や事業や仕事に対する価値観を詳細に明文化し、経営幹部が国内外の全社員に積極的に浸透させようと飛び回る企業が目立ってきました。花王やトヨタ自動車、コマツが良い例です。アジアを中心に海外事業に従来以上に力を入れ始めたことや、創業から何十年も経た企業が増えたことが背景にあります。

 1887年設立の花王は、2004年に使命とビジョン、価値観、行動原則を明文化した「花王ウェイ」を策定。創業者など先人の偉業や発言などを参考にしました。尾崎元規社長は会議や視察など様々な機会を利用し、花王ウェイを社内事例を使って物語風に話しています。「この部署でこんな出来事があった。だから『絶えざる革新』という価値観が大切なのだ」といった具合です。

参照:2007年1月号「特集1・ストーリーテリング」、2008年5月号「総力特集・激動時代の競争戦略」