顧客との信頼関係を築くためには、目先の利益にとらわれずに自社の利益にならなくても顧客の都合を優先させよ、という考え方のこと。時に他社製品を紹介することも。

 「他店より1円でも高い場合には係員にご相談ください」という宣伝文句は、値下げ競争に走る家電量販店の勢いを感じさせるものでした。しかしインターネットの普及とともに、新鮮味を失ってしまいました。消費者は係員に相談せず、一番安い店をインターネットで見つけてあっさりとそこへ流れてしまいます。価格だけではありません。各種の商品比較サイトには、発売された瞬間から購入者による使い心地などの評価が次々に書き込まれていきます。

 情報を交換し、賢くなっていく消費者に対して、企業は商品開発や販売促進に一層の知恵を絞らなければなりません。そうした背景から注目されているのが「アドボカシー・マーケティング」です。米マサチューセッツ工科大学のグレン・アーバン教授の著書『アドボカシー・マーケティング 顧客主導の時代に信頼される企業』(英治出版)が2006年11月に翻訳出版されてから日本で知られるようになりました。

効果◆顧客の信頼を得る情報開示

 何か特定の業務プロセスや分析手法ではなく、企業の顧客に対する積極的な情報開示や滅私奉公的な姿勢、取り組みを指します。アドボカシーは「擁護」「支持」といった意味です。たとえ一時的には自社の利益に反しても、顧客にとっての最善を追求することで、長期的な信頼を得ようというものです。

 アドボカシー・マーケティングと対照的なやり方とされるのは、消費者に買わせようとする過剰な宣伝広告や、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)システムを駆使しつつ顧客をへきえきさせるほどしつこく提案するようなワン・ツー・ワン・マーケティングなどです。

 導入による効果は顧客の企業に対するロイヤルティーが上がることです。現代の消費者は「売り込まれている」と少しでも感じたとたんに嫌気がさします。企業の“下心”に敏感なのです。無償の親切や他社製品も含めた平等な情報開示が、企業や商品・サービスのブランド価値向上に結びつくわけです。

事例◆利益より信頼

 こうした「損して得取れ」的な発想は、実態としては大なり小なり多くの企業に存在します。それゆえに、この言葉を新しい概念として扱うべきか否かについては懐疑的な意見もあるようです。

 タクシー大手のエムケイ(京都市)は、実入りの少ない短距離の顧客でも嫌な顔をせずに応対することで、結果的に京都・祇園の飲食店で働く女性などから支持を得て、配車依頼の増加につなげたといわれています。短期的な利益を捨てて長期的に付き合ってくれる顧客との関係を優先させたといえるでしょう。