DTN(delay/disruption-tolerant networking)は,中断や切断が多発したり,大きな伝送遅延が生じたりする“劣悪な”通信環境でも,信頼性のあるデータ転送を実現する通信方式である。もともとは惑星間インターネットといわれる宇宙空間の通信手段の研究から生まれてきたものだ。
インターネットで信頼性のあるデータ転送を行う場合,トランスポート層のプロトコルとしてTCPを使う。ただしTCPは,物理的なリンクがちょっと切れただけでも通信に失敗する。また,データを送受信するときに伝送遅延があるとパフォーマンスが悪くなる。これは,TCP/IPによる通信では,エンド・ツー・エンドの物理的なリンクが安定しているという前提に立っているためだ。
これに対しDTNでは,物理的なリンクが常に存在しているとは限らないという前提で,トランスポート層の上に「バンドル」と呼ぶプロトコルを乗せたオーバーレイ・ネットワーク構成をとる。このバンドル・プロトコルは,ストア・アンド・フォワード方式でデータを転送する。送信元から送信先までデータを送る際に,中継地点でデータを保持しながら,通信可能になった時点でデータを転送するしくみだ(図1)。
DTNの提案者はTCP/IPの開発者として知られるビントン・サーフ氏。同氏と,DTNの標準化団体であるDTNRG(Delay Tolerant Networking Research Group)のメンバーが共同で執筆したRFC4838には,DTNのアーキテクチャ全体の概要がまとめられている。
DTNは,2008年11月にNASA(米航空宇宙局)が彗星探査機「EPOXI」による通信実験に成功したことで注目を集めた。この実験では,火星調査船に見立てたEPOXIのDTNノードと,NASAのジェット推進研究所(JPL)に設置した九つのDTNノードとの間で,宇宙空間で撮影した画像をやりとりした。伝送距離は約2000万マイル(約3200万キロメートル)に及んだ。次は国際宇宙ステーション(ISS)を使った実験が2009年夏に予定されている。
最近では,DTNを惑星間インターネット以外で使うための研究開発も盛んになってきた。例えば情報通信研究機構(NICT)九州リサーチセンターは,九州工業大学,大阪大学,関西学院大学と共同で,ルーティング技術やトランスポート技術に関するシミュレーションや衛星(きく8号)を利用した実証実験に取り組んでいる。その目的は「ディジタル・デバイド地域の通信手段や,大規模災害発生時など通常の通信手段が利用できない状況における利用を想定したもの」(NICT九州リサーチセンターの永田 晃研究員)となっている。