文・村岡 元司(NTTデータ経営研究所 社会・環境戦略コンサルティング本部 パートナー)

 グリーンITという言葉には、辞書的に明確な定義が存在するわけではありませんが、言葉の発祥の地ともされる米国のEPA(環境保護庁)では、“グリーンITとは、環境配慮の原則をITにも適用したものであり、IT製品製造時の有害物質含有量の最小化、データセンターのエネルギーや環境面での影響への配慮、さらには、リサイクルへの配慮等も含めた包括的な考え方である”としています。この考え方からも分かる通り、グリーンITは、温暖化防止への配慮はもちろんのこと、IT製品に含まれる有害な化学物質の管理や廃棄されるIT機器のリサイクル等も含めた環境全般をカバーする範囲の広い概念です。

 ところで、ITの代表的な製品であるパソコンについては、既に多くのメーカーが、環境配慮設計のためのガイドラインを準備済みです。ガイドラインには、欧州のRoHS規制(指定有害化学物質の使用を原則禁止する規制)の対象化学物質を原則使用しないこと、再生プラスチックを最低1個は採用すること等が規定されています。このように、有害化学物質の含有量削減やリサイクルの推進等の面では、既に我が国の多くの企業はグリーンIT対応が進んでいると言っても過言ではありません。

 一方で、温暖化対応については、事情が異なっています。「地球温暖化問題への対応に向けたICT政策に関する研究会」報告書(平成20年4月 総務省)では、米国で、2006年のデータセンター(DC)等の電力消費量は約600億kWh(米国内の電力消費量の約1.5%)であり、過去5年間に倍増しているうえ、今後5年間でさらに倍増する可能性のあることが報告されています。IT関連電力消費の急激な増加傾向は我が国でも同様と考えられており、増大する電力需要の抑制が、温暖化対策の点からも重要になってきています。こうして、グリーンITの多くの要素のうち、温暖化問題への対応が急激に注目を浴びるようになってきました。

 温暖化防止の観点から見た場合、ITにはプラスとマイナスの両側面があります。マイナス影響は、IT機器等の利用による電力消費の増大です。電力消費が増大すれば、その分CO2の排出が増加してしまいます。一方、ITは、例えばITSの導入により渋滞を緩和し、自動車等からの排出CO2を削減することができます。また、テレワークシステムを導入することで、それまで通勤利用していた自家用車の運転が不要になり、結果としてCO2の排出を削減することができます。このように、ITを導入することで、ワークスタイルやライフスタイルを低炭素型に転換していくことが可能です。これが、ITのプラス効果です。

 温暖化防止のためには、マイナス影響を最小化し、プラス効果を最大化していく必要があります。マイナス影響最小化のためには、例えば、省電力型サーバーや省エネ型の空調等の装置の開発、通信基盤であるネットワークを全て光でつなぐフォトニックネットワークの開発など、より小さなエネルギーで高効率に稼動するハードの開発が重要になります。また、DCのようにサーバーと関連各種機器が装備された施設については、効率向上のための指標を設け、マイナス効果を管理することも重要です。一方、プラス効果最大化のためには、既に一部で実用化されているテレワーク等の仕組みの普及、今後の実用化が期待される電子ペーパーを利用した新聞や雑誌の配信等の仕組みの社会への導入が重要です。同時に、社会の仕組みを変えることによるCO2の削減効果の評価方法を確立することも重要です。

 以上の技術開発や評価方法の確立については、既に経済産業省や総務省によって、具体的な活動が検討されたり、始まったりしています。ただ、技術を開発するだけでグリーンITが普及するわけではありません。例えば、米国では、EPEATと呼ばれるグリーン調達基準が定められ2006年からその運用が始まっています。2007年には、連邦政府機関が購入するパソコン等の95%以上をEPEAT適合とすることが大統領指令に明記されており、グリーン購入が実質的に義務化されたとみなされています。

 EPEATは、連邦政府機関の他、マサチューセッツ州やカリフォルニア州サンノゼ市等の地方自治体、さらには、民間企業にも導入されています。現在の対象品目はパソコンやモニターですが、将来的にはテレビ・プリンター・携帯電話等に対象品目を拡大していくことも計画されています。その基準(IEEE標準1680)は、23の必須項目と28の任意項目から構成された51のクライテリアにより成り立っており、全ての必須項目に適合すれば“銅”、全ての必須項目に加えて任意項目の50%に適合すれば“銀”、75%以上に適合すれば“金”の表示を行うことができるようになっています。現状、連邦政府では銅以上の表示のあるパソコンやモニターを購入しています。必須項目の中には、“環境面での慎重な取扱いが必要な物質の削減/撤廃”や“省エネルギー”等の基準が定められています。

 このように、EPEATは、環境に配慮したIT機器の購入を促進させるための基準であり、グリーンITの市場を創りだすための仕掛けとして理解することができます。グリーンITを普及させていくためには、技術開発等の供給側の施策を進めるだけでなく、購入や調達という需要側の仕組みも整備していく必要があり、EPEATはこの需要を刺激するための仕組みといえるでしょう。

 実は、わが国にも、EPEATと類似の仕組みがあります。平成12年に成立したグリーン購入法では、国と独立行政法人は、特定調達品目について基本方針に示された基準をクリアした商品を購入する必要があるとされています。地方自治体のグリーン購入については努力義務とされていますが、取り組み姿勢は自治体ごとにばらつきがあるようです。先進的な取り組み例としては、東京都のように電気(エネルギー)をグリーン購入の対象に加える動きも生まれています。

 一方で、わが国のグリーン購入法は、全国で調達可能なことが条件となっているため、対象品目の基準が緩やかになる傾向があるとも指摘されています。その他、環境配慮型商品を他の商品と区別する制度として、パソコンについては、PCグリーンラベルという制度もあります。この制度は、PCグリーンラベル基準項目を定め、同項目を満たしている対象製品にロゴマークを使用可能とするものです。さらに、エコマーク制度もあります。このように、環境配慮型商品を区別する仕組みが増加することによる消費者の混乱も懸念されており、グリーン購入を促進するためには、基準の統合化等も必要になる可能性があります。

 ちなみに、米国のEPEATは、既存の基準等を含んだ包括的な仕組みを目指しているともいわれていますが、2006年にはじまったばかりの仕組みであり、普及しはじめているものの世界標準となるか否かは不透明です。今後、グリーンITの普及のためには、グリーン購入のような需要側からのアプローチが重要です。諸外国の動向も踏まえつつ、政府や自治体としてどのような仕組みを導入していくのか、そして、政府や自治体自身のIT調達においてどのように取り組んでいくのか、注目されるところです。