国や企業ごとに温室効果ガスの排出枠(キャップ)を割り当て,枠を超えて排出した国(企業)と余っている国(企業)との間で排出枠を取引(トレード)する制度。取引の結果,全体の排出量を一定の範囲内に収めることを目的としている。「キャップ・アンド・トレード(Cap & Trade)」とも呼ばれる。

 京都議定書では,主に先進国を対象として温室効果ガスの国別削減目標を課している。排出量取引は,削減目標を確実に,しかも最小コストで達成するための手段として,各国で導入が進んでいる。排出量取引が有効とされる理由は,ある国(企業)が自ら温室効果ガスの削減対策を施すよりも,他の国(企業)から排出枠を購入した方が,コストを抑えられることがあるからである(図1)。市場原理を利用して対策を促進すれば,企業の自主的な取り組みに任せるよりも,全体の削減目標を確実に達成できるという考え方である。

図1●「キャップ・アンド・トレード方式」の排出量取引の仕組みと効果
温室効果ガスの削減コストは国や企業によって異なる。図の例では,1単位の温室効果ガスを削減するのに,A社は5万円で済むが,B社は100万円かかる。この場合,A社だけが2単位の削減を実施し,B社は対策を行わずにA社から1単位分の排出枠を55万円で購入すれば,A社は50万円の利益が得られ,B社は対策コストを45万円抑制できる

 実際,京都議定書においても,温室効果ガス削減の補完的な措置である「京都メカニズム」の1つとして,排出量取引の仕組みを取り入れている。国(主に先進国)に排出枠を設定し,目標を達成した国は余った排出枠(AAU)を,削減未達成の国に売却できる。

 このほか京都議定書では,先進国が削減義務を負わない国(主に途上国)で行った温暖化対策(CDM;クリーン開発メカニズム)を制度化し,そこから生まれた排出枠(CER)の取引を認めている。現在,日本企業が行っている排出枠取引の対象はこのCERであり,Cap & Tradeとは異なる「ベースライン・アンド・クレジット」という仕組みに基づいている。

 特定域内のCap & Trade方式の排出量取引としては,2005年に始まった「EU-ETS(欧州排出量取引制度)」が最大規模で,2006年の二酸化炭素(CO2)取引量は11億100万トンに達する。次いで,豪州の「GGAS(ニューサウスウェールズ州温暖化ガス削減スキーム)」の2000万トンが続く。温暖化政策に消極的だった米国も,次期大統領候補がいずれもCap & Tradeに積極的で,制度が立ち上がる可能性が高い。

 一方,日本では電力,鉄鋼をはじめとする産業界の反対が強く,国内の排出量取引制度の導入には至っていない。反対の理由は,国際競争力が低下することへの懸念と,政府が企業に強制的に排出枠を割り当てる方式は公平性を欠く,というもの。このため日本での排出量取引の実績としては,自主参加型の排出量取引制度(JVETS)において,8万トンほど取引されただけである。

「2013年までに導入」を視野に議論がスタート

 ただし,2007年末の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP13)あたりから風向きが変わってきた。2008年7月に北海道で開催される主要国首脳会議(洞爺湖サミット)の議長国を務める日本は,環境問題を最重要議題の1つに位置づけている。排出量取引制度にいつまでも後ろ向きなままでは,2013年以降の温暖化対策の枠組み,いわゆる「ポスト京都議定書」の主要な議論においても,各国の同意を得ることは難しい。

 そこで政府は2008年3月5日,「地球温暖化問題に関する懇談会」の初会合を首相官邸で開催。洞爺湖サミット前に結論を出すことを念頭に,排出量取引制度の導入検討を始めた。座長を務めるのは,トヨタ自動車の奥田碩相談役・内閣特別顧問。他に産業界からは,東京電力の勝俣恒久社長,新日本製鐵の三村明夫会長が委員として参集。産業界の導入反対派の外堀を埋め,少なくとも「排出量取引導入に前向き」との姿勢を国際世論にアピールできることになった。