文・岡野 高広(日立総合計画研究所 社会・生活グループ 研究員)
公会計制度改革とは、現金主義・単式簿記を特徴とする現在の地方自治体の会計制度に対して、発生主義・複式簿記などの企業会計手法を導入しようとする取り組みのことです。
従来の会計制度では、自治体の総合的な財務状況が把握しづらく、予算審議など内部管理への利用が困難、住民にとって分かりにくいという課題がありました。そこで、(1)資産や債務の管理、(2)費用の管理、(3)財務情報の分かりやすい開示、(4)行政評価・予算編成・決算分析との関係付け、(5)議会における予算や決算審議での利用、という目的で自治体の公会計制度の改革が進められてきました。
総務省は地方自治体に対して、企業会計手法を全面的に採用した「基準モデル」と、既存の決算統計情報が活用可能な「総務省方式改訂モデル」の二種類の会計制度を提案しました。そのどちらか一方のモデルを選んで連結ベースで(1)貸借対照表(B/S)、(2)行政コスト計算書(P/L)、(3)資金収支計算書(C/F)、(4)純資産変動計算書(NWM)の4表を整備することを求めています。2006年8月に策定された「地方公共団体における行政改革の更なる推進のための指針」で、公会計制度の取り組みが進んでいる団体、都道府県、人口3万人以上の都市、に対しては3年後までに、また、公会計制度の取り組みが進んでいない団体、町村、人口3万人未満の都市、に対しては5年後までに4表の整備または4表作成に必要な情報開示をすることを求めています。
1990年代から、公会計制度を改革するための研究が進められてきましたが、この動きを大きく加速させる可能性を持つ報告書が2006年5月、総務省より発表されました。総務省の「新地方公会計制度研究会」は報告書で、上記二種類の会計制度を提案しました。
2006年7月には、こうした政策の実証プロジェクトとして「新地方公会計制度実務研究会」が発足し、岡山県倉敷市で基準モデル、静岡県浜松市で総務省方式改訂モデルについて、表示科目の選定や作成手法の検討を行い、その結果を反映させた作成マニュアルが報告書として2007年10月17日に発表されました。
基準モデルと総務省方式改訂モデルには、財務情報についての考え方に違いがあります(下表)。基準モデルは、固定資産台帳の整備および発生主義、複式簿記の採用により、個々の取引伝票までさかのぼった検証が可能です。
一方、総務省方式改訂モデルでは、個々の複式記帳によらず、既存の決算統計情報を活用するため、固定資産の算定評価額が精密とは言えません。また、初年度の作成時の負荷は比較的軽微ですが、継続作成時には段階的な固定資産台帳の整備に伴う負荷があります。
表1●標準モデルと総務省方式改訂モデルの比較 |
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出典:「新地方公会計制度実務研究報告書 |
基準モデルと総務省方式改訂モデル以外にも、東京都や岐阜県などの先進的な自治体が独自に制定した公会計制度も存在します。東京都では2002年から独自の公会計制度の検討を開始し、東京都会計基準の策定、新財務会計システムの開発を経て、2007年9月に独自の公会計制度による2006年度決算を発表しています。主な特徴は、(1)税収を純資産変動計算書に財源の調達として計上する基準モデルに対して、東京都では行政コスト計算書に収入として計上している、(2)貸借対照表の固定資産において、公正価値を基準として定期的な評価を行う基準モデルに対して、東京都では取得原価を基準に計上している、の2点が挙げられます。
公会計制度の改革には、財務会計システムの変更や機能追加が伴います。例えば、地方自治体が新しいモデルで2008年度決算を実施する場合には、2008年3月末時点での固定資産残高などを評価する必要があることから、残された時間はそれほど多くはありません。なお、言うまでもなく、公会計制度改革の目的は、制度・業務とシステムの変更ではなく、PDCAサイクルによるマネジメント能力向上やアカウンタビリティーの遂行など行政改革の推進です。システムの設計にあたっては、制度導入後にアウトカム(成果)が得られるようにすることが重要です。
今後の課題はモデルの統一が挙げられます。現在、総務省が推進している基準モデル、総務省方式改訂モデル以外にも東京都や岐阜県など別のモデルが併存していますが、自治体を比較するにはモデルの統一が必要と考えられます。しかし、統一となると地方自治体にとっては、厳しい財政状況のなかで制度・業務とシステムを再度変更することになります。そのため最小の負担で最大の効果が得られるような統一を実現することが求められます。