文・高畑 和弥(日立総合計画研究所政策経済グループ 副主任研究員)

 シナリオプランニングとは、起こりうる可能性のある複数の未来(シナリオ)を想定することにより、不確実性の高い環境の中で適切な意思決定を行うことを可能にする戦略策定手法のことです。

 シナリオプランニングは、第二次世界大戦後に米国空軍が開発した軍事戦略の策定手法です。その後、英蘭系の石油大手、ロイヤル・ダッチ・シェル社が経営戦略の策定に利用し、それによって同社が石油危機を競合他社よりも巧みに切り抜けたことで一躍有名になりました。

 通常、企業の経営戦略や地方自治体の総合計画/基本計画を策定する際には、最も起こりうる可能性が高い未来を想定し、その未来が実現することを前提に戦略を策定します。しかし、シナリオプランニングでは、「未来を確実に予測することは不可能である」ということを認めた上で、複数の未来を想定したシナリオを作成します。

 シナリオプランニングは、大きく分けて次の四つのステップから構成されます

(1)情報収集とドライビングフォースの抽出
社会の変化動向をとらえるための情報を収集し、その中から経営戦略に影響を与える変化要因を抽出します。それらの要因を、ドライビングフォースと呼びます。

(2)シナリオ軸の決定
ドライビングフォースの中から、特に重要性が高く、不確実性が高いものをシナリオの骨格となる変化要因として抽出します。これを、キードライビングフォースと呼びます。

(3)シナリオ作成
キードライビングフォースの組み合わせによって複数のシナリオを作成します。例えば、キードライビングフォースが二つ抽出された場合、2×2で4通りのシナリオが存在します。

(4)先行指標の設定と監視
シナリオ作成の最終段階では、各シナリオの発生を指し示す先行指標を選び出します。シナリオを作成した後は、現実の未来がどのシナリオに近づくかを早期に発見することが重要となります。先行指標を監視することによってどのシナリオが実現するかを把握し、そのシナリオに対応した戦略を迅速に実施することが可能となります。

 シナリオプランニングの利点としては、第一に、変化に耐えうる戦略を立てることが可能になり、目まぐるしい経営環境の変化に組織が迅速に対応できるようになることが挙げられます。第二に、シナリオを作成する過程において経営環境を認識する能力や考える力が養われることから、職員の経営感覚や想定外の事態への対応力を醸成する効果も期待できます。

■米国では地方自治体での活用例も

 シナリオプランニングは、当初は地政学リスクや価格変動リスクなど非常に高いリスクに直面するエネルギー業界を中心に活用されてきました。しかし最近では、メーカーやサービス業にも浸透し始めています。これは、規制緩和やグローバル化などの影響によって、以前より多くの企業が経営環境の変化にさらされていることが背景にあると考えられます。

 さらに、政府や地方自治体でもシナリオプランニングを取り入れる動きが見られます。経済産業省は2004年10月に発表した「2030年のエネルギー需給展望」で、シナリオプランニングを採用しています。同報告書は、「自律的発展シナリオ」「現状趨勢シナリオ」「環境制約顕在化シナリオ」「危機シナリオ」などの複数のシナリオを提示した上で、エネルギー需給の見通しや中長期的なエネルギー戦略のあり方を示しています。

 地方自治体では、日本での活用例はまだありませんが、米国では交通計画や都市開発の分野での活用事例が見られます。米国のサクラメント郡では、2004年にシナリオプランニングを活用した開発計画が実施されています。その際には、住民を中心としたワークショップ形式によってシナリオを作成するなど、パブリック・インボルブメント(住民参画)の枠組みを活用することによって、開発計画への理解を促し、住民の当事者意識を高める工夫もなされています。

 今後は、政府や自治体を取り巻く環境も変化が激しくなり、不確実性が増すことが見込まれます。そのように予測困難な環境下では、変化に迅速に対応できる戦略や組織を作ることが重要となります。シナリオプランニングは、そのための有効な手法の一つとして活用が期待されます。