優れた技術力が、新製品や新事業につながらない状況を指す言葉。研究開発の過程で起きる資金難や人材・組織などの問題が原因になっている。

 技術立国をうたった日本の企業は、1980年代にはビデオレコーダーに代表される家電製品や半導体といった分野で世界市場を席巻しました。今でも自動車などの分野では高い競争力を維持していますが、昔日の勢いはありません。

 ただし、日本の技術力が衰えたとは言えません。文部科学省の『科学技術白書(平成15年版)』によると、日本の実質研究費(公的機関によるものなどを含む)は1995年度から7年連続で増加。研究費の対GDP比(2001年度)は3.29%と、米国を0.5ポイント近く上回っており主要国でトップクラスです。

 「デスバレー(死の谷)」とは、優れた技術を持ちながら、それが新製品や新事業につながらない状況のこと。日本企業はまさにこの状況に陥っている可能性があります。

◆課題
事業化につながらない

 米国立標準技術研究所(NIST)は、デスバレーを折れ線グラフで説明しています。横軸に「基礎研究」「開発」「市場投入」といった事業化の過程を、縦軸に「資金調達の容易さ」を取るものです。開発段階での資金調達がほかの段階に比べて困難なため、この段階で深い谷ができてしまい、資金が尽きてしまうというわけです。

 資金面以外にも、デスバレーに陥る要因は数多くあります。三菱総合研究所が今年1月に実施した調査(製造業の上場企業が対象、詳細は同社の情報誌『NEXT・ING』2003年3月号に掲載)によると、「技術が製品化につながらない要因」として、最も回答が多いのは「ビジョンの描出や需要(市場)のコンセプト化の問題」(64%)。それに次ぐのが「人材面の問題(リーダーシップ不足など)」(47%)や「内部の部門間や組織間の連携の問題」(37%)です。

◆事例
技術と経営を一体に

 デスバレー克服のため、各企業はこうした問題の解決に乗り出しています。帝人は今年4月の持ち株会社制移行に伴い、「新事業開発グループ」を新設。「先端技術研究所」などの研究機能と、外部の技術評価、ビジネスモデル立案機能を同じグループに置き、研究から事業化までを一貫して推進できる体制にしました。

 「経営を理解しない技術者」や「技術が分からない経営者」もデスバレーを生みます。キヤノンは2000年度から技術部門の課長や副部長クラスに対する研修を拡充。マーケティング戦略や意思決定論などを教えることで、経営の視点を持つ技術者の育成を目指しています。

 大学も、こうした「MOT(技術経営)」の教育に積極的。今年4月には早稲田大学や芝浦工業大学が社会人向けのMOT専門コースを開設しました。

清嶋直樹 nkiyoshi@nikkeibp.co.jp