1件の重大事故の背景に、29件の軽傷の事故と300件の「ヒヤリ」「ハッと」する体験があるという労災事故に関する法則。1930年代に米国のハインリッヒ氏が発表した。

 相次ぐ医療事故や自動車メーカーによる大規模なリコール、大量の個人情報の漏えい—。企業を揺るがす事故や不祥事は決して偶発的な産物ではない、と教えてくれるのが「ハインリッヒの法則」です。

 米国の保険会社に勤務していた安全技師のハーバード・ウイリアム・ハインリッヒ氏は、1930年代に発表した論文の中で、重傷以上の災害が1件起きる背景には、軽傷を伴う災害が29件起きており、さらには危うく惨事になるような「ヒヤリ」「ハッと」するような出来事が300件あるという「1:29:300の法則」を見いだしました。

 ハインリッヒ氏は同一人物が起こした同一種類の労働災害を5000件以上調べ上げたそうです。また氏は、労働災害全体の98%は予防可能であると指摘しています。ハインリッヒの法則は、産業界はもとより行政や医療の世界にも広く通じる考え方として広まっています。

◆効果
大切なのは数字ではない

 同様の調査はそれ以降にも発表されています。1969年に発表された「バードの法則」では、米国の21業種297社のデータから「ニアミス:物損事故:軽傷事故:重大事故=600:30:10:1」という比率が示されています。数値自体は、時代や業種によって変わるので大切ではありません。これらの法則から学ぶべきなのは、人命にかかわる重大事故を防ぐには、常日ごろのささいな取り組みが不可欠ということです。

◆事例
小さな失敗は重大事故の予兆

 かつて凶悪犯罪が多発した米国ニューヨーク市では、90年代半ば以降ジュリアーニ市長のもとで軽犯罪の取り締まりを強化しました。無数の軽犯罪を厳しく取り締まることで結果的に凶悪犯罪の発生まで抑止したのです。

 ニューヨーク市での取り組みは「割れた窓を1カ所放置しておけば、残りの窓も次々割られてしまう」という「割れ窓理論(Broken Window Theory)」に基づくものでした。ハインリッヒの法則を実践したものといえるでしょう。

 企業経営も同じです。重大な事故が発生する前に、既にそれを予感させる「ヒヤリ」「ハッと」する体験が多発しているはずです。

 今年起きたJR西日本の福知山線脱線事故の後には、同社の教育体制や過密ダイヤなど様々な背景が明るみに出ましたが、ほかにも現場からは「事故の芽」になり得る短距離のオーバランなどの小さな要因が300件以上報告されたそうです。リスクの芽を見逃さずに摘んでいく風土を築くことがリスクマネジメントに優れたリーダーの仕事になります。