小田急電鉄のグループ企業で線路や設備の施工、維持管理に携わる小田急エンジニアリング(東京都渋谷区)は2010年5月、「技術伝承プロジェクト」に着手した。7人のベテラン技術者を中心に、若手への技術伝承手法を検討し、「技術屋手帳」を作成。2011年7月から第2期プロジェクトをスタートし、一層の浸透を図る。プロジェクト推進にはコーチングを活用して、本音での対話を促した。

 同社は従来、受変電装置や照明設備など鉄道電気部分の設計施工、維持管理などを担当してきたが、小田急グループの事業再編に伴って2008年4月から、線路設備など軌道部分の維持管理機能も併せ持つ鉄道メンテナンス機能子会社と位置付けられるようになった。約170人の社員は小田急電鉄からの出向者や他のグループ企業からの転籍者、プロパー社員で構成され、徐々にプロパー社員の比重を高めていく方針を掲げている。そのため社員間のコミュニケーションを活発にし、維持管理のベテランである出向者や転籍者のノウハウを、若手中心のプロパー社員に伝承していく必要性が高まっていた。

 そこで2010年5月に「技術伝承プロジェクト」を発足。軌道部や鉄道電気部に所属する35~45才のベテラン社員7人を中心に、技術担当役員や所属部長など合計17人が集まって2週間に1度の割合でミーティングを開催し、ベテランのノウハウをスキルチェックシートなどに落とし込んで、若手に伝承する手法を検討してきた。

マニュアル化より「問い」の文化を

写真1●岩崎敬総務部長(現・小田急電鉄ホテル事業統括部課長)がミーティングのファシリテーターを務めた
写真1●岩崎敬総務部長(現・小田急電鉄ホテル事業統括部課長)がミーティングのファシリテーターを務めた
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写真2●68の問いを一覧できる「技術屋手帳」
写真2●68の問いを一覧できる「技術屋手帳」
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 2010年8月には合宿を開いて、技術の棚卸しや整理を行い、マニュアル化できないかを検討した。しかし議論の過程で「維持管理のノウハウは設備の種類によって細かく異なり、天候によっても左右されるほど繊細なもので、マニュアルにはまとめきれない」などの意見が出て、話し合いはこう着した。

 さらに話し合うなかで、「普段の仕事のなかで、ベテランと若手が対話を通して自然に技術を共有できる文化を創ることが必要ではないかという意見が出てくた」とプロジェクトの事務局を務めた岩崎敬総務部長(当時、2011年7月1日より小田急電鉄ホテル事業統括部課長、写真1)は振り返る。かつては上司や先輩に質問しながら仕事を覚えたというメンバーも多かったが、社員数が減ったり、残業が制限されたりといった事情でコミュニケーションが減っていた。こうした雰囲気を変え、以前のようにコミュニケーションを活発にするために何が必要かといった視点で、再度検討が始まった。

 そこで2010年9月から取り組み始めたのが「技術屋手帳」の作成だ。ベテランが一緒に仕事をする若手社員に「問い」を発しながら、若手に考えさせ、ベテランのノウハウを若手に伝えていく。そのための「問い集」を手帳の形にし、2011年1月に技術者全員に配布した。ベテランは若手と仕事をする際に、問い集を参考にしながら質問を投げかかる。一方若手は、ベテランから聞き取ったことを書き留めていくのにも活用する。各メンバーの意見を引き出しながら、68の問いに絞り込んだ(写真2)。

 プロジェクトの企画、進行に当たってはコーチ・エィ(東京都千代田区)の支援を得た。効果的なミーティングの進め方を岩崎部長ら事務局に助言するだけでなく、プロジェクトの認知度を全社に広め、プロジェクトメンバー以外の社員も巻き込んでいくためのノウハウを出した。