2人の娘が通う小学校を定点観測の場に

 そこで2000年4月、商品カテゴリーごとに7人の商品企画開発リーダーが抜てきされ、新ブランドの開発が課せられた。商品開発と営業の組織間の溝を埋める狙いで抜てきはいずれも営業部門からだった。その1人が、瞬足を開発した現・シューズ事業部商品企画開発部の津端裕部長だ。

 長年大手スーパーへの営業を担当していた津端部長は、若手のころからスーパーのバイヤーが各靴メーカーの営業担当者を連れていく消費者調査に参加していた。この調査では動物園など様々な世代の消費者が集まる場所へ定期的に出かけ、商品の利用状況をじっくり観察した。津端部長は商品企画開発リーダーに着任すると個人的に消費者観察をしようと思い立つ。当時長女が通っていた小学校の運動会を定点観測スポットに選んだ。「ほとんどの小学生は日常履いている靴で運動会に参加する。ならば運動会で履きたくなる靴を作れば日常でも履いてもらえる」と考えたからだ。

 その観察を通じて津端部長は、「コーナーリングの安定感」に特化した靴の開発を決意したという。日本の学校ではリレーや徒競走を直線で行える校庭はなく、トラックを半周もしくは一周するが、コーナーを曲がり切れずに転ぶ子どもをたくさん見かけたからだ。小学生にとって運動会は一大イベントであること、そのハイライトはリレー競技であることも改めて痛感した。

 開発に当たって苦労したのは、中国での協力工場探しだった。左右が異なる靴裏にすれば設計や製造でのコストも増える。「夢のある靴を世に出したいんだ」と訴えて回ったものの断られ続け、1980円で販売できるコストでの生産を請け負ってくれたのは1社だけだったという。

 2003年の発売以来「コーナーで差をつけろ!」というキャッチコピーで、運動会の徒競走で同級生に負けたくないという子ども心をつかんできた。ネーミングと展示方法にもこだわった。ほとんどのメーカーが英語のブランド名を採用するなか、むしろ目を引くと考えて漢字表記を選んだ。覚えてもらいやすいように「瞬速」とは同音の瞬足とした。小売店では靴裏を見せる台を展示に利用することで左右非対称という特徴を伝えた。「全国の販社からの注文票で瞬足の表記に間違いが無くなった時にヒットを予感した」と津端部長は振り返る。「足の速い子もそうでない子も運動会で頑張ろうという気持ちは同じ。だから瞬足を『速く走れる靴』と呼んだことは無い。これからもコーナーで転ばない靴を追求したい」(津端部長)。

 今も次女の応援を兼ねて津端部長は小学校の運動会で観察を続ける。2000年秋に始めて以来10年間、毎年100枚以上の写真を撮影してきた。同じ学校で観察を続けることで靴の履き方や子どもたちの走り方における変化も感じているという。ロングセラー商品開発の裏に津端部長のエスノグラフィー的な観察があることは他業界からも注目されており、商品開発やエスノグラフィーなどのイベントで時々、講演も行っている。