「失敗してもセカンドチャンスがある」と奮起

 実際にはCAJJはほかの仕組みや風土とセットで同社の成長を支えている。第1に「新事業を次々と生み出す仕組み」、第2に「一度の失敗に挫けずに再挑戦する意欲や機会を与えられる社風」だ。

 新事業を活発に生み出す仕組みの第1弾は2004年7月に導入した。全社員が応募できる事業提案制度「ジギョつく」がそれだ。半期ごとに提案を募集し、書類選考で残った社員たちが経営陣の前でプレゼンテーションをする。応募数は第1回は約30件だったが、第10回は約80件まで増えている。

 しかも同社では経営層も、昇格しても起業家精神を失わないことを求められ、新事業の提案を競うイベントがある。2006年から全役員が1年に1回、新事業案のトーナメント「あした会議」に参加。2008年12月からはG5クラス(本部長職に相当)にも「あした会議G5版」を導入した。あした会議からは3事業が誕生し、いずれも展開中だ。

 CAJJ制度が事業創出や失敗後の再挑戦を促す仕掛けと不可分な関係にあることを前出の椿氏の足取りが象徴している。2004年1月に転職して本社ネット広告事業部門の営業担当者となった椿氏は、半年後に始まった第1回ジギョつくに「トライアルネット」という事業案を提出し、優勝した。トライアルネットは、化粧品などの女性向け商品の試供品を集めてパッケージ化し、ネットを介して販売する事業だった。椿氏は事業責任者となって数人の部下を与えられ、自身もプレーイングマネジャーとして奮闘、一度はJ2に昇格したが、粗利益が伸び悩んで2006年6月に撤退した。「気合で何でも乗り切ろうとしたのが失敗の要因。事業も組織も仕組みで回せなかったので、みんなが疲弊し、続けられなくなった。中長期的な視点で、事業の選択と集中、仕組み化、勝つ戦略を練ることの重要性を痛感した」(椿氏)

 だが失敗しても、新事業を生んで責任者を務めた貴重な人材を放置して腐らせないよう経営幹部が気を配る。椿氏の場合は、本社取締役であり、ECナビ(東京・渋谷)代表取締役を兼務する宇佐美進典氏から声をかけられ、ECナビに出向した。百数十人の組織の一員となり、部下から見たマネジャーの在り方などをじっくり考えた。同年9月、宇佐美氏からcybozu.netの立ち上げの手伝いを依頼され、昨年取締役COOになった。今度は部下に仕事を任せるようにし、戦略的に先のことを考えて事業の種をまいている。「グループの価値観をまとめた文書『マキシムズ』の中の『挑戦した結果の敗者には、セカンドチャンスを』という言葉が心の支えになった」と椿氏は感慨深げに語る。

cybozu.netの椿奈緒子取締役COOは、2年弱で撤退した事業での経営経験が大いに役立っていると語る。親会社での職能資格はG4クラス(部長職に相当)
cybozu.netの椿奈緒子取締役COOは、2年弱で撤退した事業での経営経験が大いに役立っていると語る。親会社での職能資格はG4クラス(部長職に相当)

事業創出に次ぐ課題は利益率向上

 発足からおよそ4年を経て、CAJJには見直しが必要な部分が出てきた。J1に所属する事業が多くなり、月次の粗利益で1500万円というJ1残留基準だけではさらなる成長を促しにくくなった。また、粗利益は広告宣伝費などの販売管理費を含むので、営業利益は赤字という事態も起こり得る。

 そこで2008年10月、既存のJ1事業を営業利益の大小で3区分に分け、全体を「J1」~「J5」の5区分にした。最上位の新J1には1四半期の営業利益が1億円以上の事業が、新J2には同じく5000万~1億円の事業が、新J3には3カ月平均の粗利益が1500万円以上の事業が所属できる。新J3は旧J1、新J4は旧J2、新J5は旧J3に当たる。同社を上場時から見てきた大和総研の長谷部潤シニアアナリストは、この変更を高く評価する。「売上高1000億円が目の前に迫り、安定的に利益を生む事業が増えた今、5.3%しかない売上高営業利益率への意識を高めるべきだ。今回の変更はこの目的にかなう」

 「将来の中核事業」と位置付けて毎年巨額のIT投資を続けアクセス数を拡大してきたAmeba事業が、2009年9月期中に単月黒字を達成できる見通しとなるなど、同社が次の成長段階に足を踏み入れたのは間違いない。リスクを恐れず新事業に挑戦し続ける風土の維持と、安定的な「金のなる木」の確保という両面の課題に向けCAJJをどう運用していくか。繊細な舵取りを求められる。