CD、DVD販売大手のHMVジャパンは、顧客の嗜好を分析して商品を推奨するレコメンデーションシステムを刷新した。ネット店舗のクリック率を高め、増収を実現したのに加え、店舗顧客へのワン・トゥ・ワン・マーケティングにも活用。再来店の促進や購入率引き上げに効果を発揮する。

 「この商品を購入した人は、こんな商品も買っています」。ネット店舗で商品を購入する時にこんなメッセージとともにほかの商品を推奨され、併せて購入した経験はないだろうか。顧客の購買履歴などからその嗜好を分析し、興味を持ちそうな他の商品を推奨する「レコメンデーション」は、顧客の行動を逐一追跡できるネットマーケティングならではの手法で、今や多くのネット店舗で導入されている。なかでも音楽や映像の分野では、膨大なコンテンツから顧客のニーズに合った商品をピンポイントで抽出し、推奨することが顧客の購買意欲を刺激する効果は大きく、各社がその精度向上にしのぎを削っている。

 CD、DVD販売大手のHMVジャパン(東京・港)は、2008年春にレコメンデーションシステムを刷新した。狙いは推奨の精度を上げて顧客の購買意欲を刺激し、売り上げの増加に結び付けること。さらにネット店舗だけでなく、実店舗でもレコメンデーションを活用し、来店頻度の向上や購入率の引き上げを実現することだ。

●購入者に関連商品を推奨する「レコメンデーションシステム」を刷新し、ECサイト、店舗で活用
●購入者に関連商品を推奨する「レコメンデーションシステム」を刷新し、ECサイト、店舗で活用
[画像のクリックで拡大表示]

「レコメンドのジレンマ」を解消

1990年に渋谷に1号店を開店。現在は全国に66店舗を展開する
1990年に渋谷に1号店を開店。現在は全国に66店舗を展開する

 全国に66店舗を展開するHMVが、ネット販売に参入したのは1999年。以来、ネットでの売り上げは急速に増加し、現在の総売り上げに占めるネット店舗の割合は約30%に上る。成長を促進した要因の1つが2005年に導入したレコメンデーションエンジンだったが、競合各社が導入してその精度を競うようになると、問題点も露呈してきた。

 1つは推奨のパターンが少ないことだった。従来は分析担当者が全顧客の購入データを分析して推奨ルールを作っていた。ただし分析担当者が「この商品の発売日から7日以内に発売された商品を推奨する」「この商品と同時に購入された回数が多い商品を推奨する」など、推奨のルールをいちいち手作業で指定する必要があった。このため、分析に時間もかかるし、分析担当者の知見を超えた斬新な推奨ルールがなかなか生まれなかった。

 例えば、「サザンのベスト盤を買った顧客にドリカムのベスト盤を薦める」など、容易に推測できるルールもあり、「様々なパラメータを分析して商品同士の隠れた関係を発見するというデータマイニング本来の機能を十分に発揮できていなかった」と長島欣弘執行役員IT本部長は振り返る。とはいえ、旧システムでは1日分のデータ分析に約20時間を要し、分析のパラメータを1つ増やすだけでも日次のデータ更新が難しくなる状況だった。

 もう1つの課題は、新商品への対応だった。旧システムは顧客の購入履歴に基づいてレコメンデーションを行っており、「商品Aを選んだ顧客に対しては、Aと同時に購入される率が高い商品Bを推奨する」というように同時購入される商品を推奨していた。この手法では、発売間もない新商品や今後発売される予約商品は、同時購入実績が少ない、もしくは全くないため、レコメンデーションの対象になりにくかった。「新商品をプッシュしたり、予約を獲得したりするためにこそレコメンデーションを活用したいのに、それができないというジレンマがあった」(長島執行役員)

 この問題を解決するには、購入実績だけでなく、顧客が商品情報をクリックして閲覧した回数(クリックレート)をレコメンデーションに反映することが有効だ。店舗に例えれば、レジを通った商品だけでなく、顧客が興味を持って手に取った商品の履歴すべてを使うわけだ。ただしネックはやはりシステムの処理能力だった。すべてのクリックレートを取り込むと、データ量は従来の40倍以上になり、現行のシステムでは処理しきれない。

 そこで長島執行役員らIT本部のスタッフは2007年春からシステム再構築の検討を始めた。当初はデータマイニング市場でシェアの高いシステムの導入を検討したが、高額であることに加え、分析担当者が精緻なシミュレーションを行わなくては処理能力が上がらないという問題もあった。

 そうしたなか、IT本部の市川秀樹情報システム開発課長は、米国で米KXEN社のデータマイニングエンジンの採用が急増しているという情報を耳にした。「当初検討していた高価なデータマイニングソフトが、高度なチューニングを必要とするF1カーだとすれば、KXENはでっかいエンジンを積んだアメ車。アクセルを踏めば誰でもスピードが出せる。大量のデータから様々な分析モデルを自動的に生成して、どのルールが当たるかを探せる点に魅力を感じた」と市川課長は話す。

長島欣弘執行役員IT本部長(右)と市川秀樹情報システム開発課長。今後は、顧客によってバナー表示も変えるなど、パーソラナライゼーションをさらに進める
長島欣弘執行役員IT本部長(右)と市川秀樹情報システム開発課長。今後は、顧客によってバナー表示も変えるなど、パーソラナライゼーションをさらに進める