カネボウ化粧品基盤技術研究所感性工学グループの猿渡敬志氏と、「化粧・美×脳科学」プロジェクトの成果を掲載したパネル
カネボウ化粧品基盤技術研究所感性工学グループの猿渡敬志氏と、「化粧・美×脳科学」プロジェクトの成果を掲載したパネル
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 花王グループのカネボウ化粧品は、女性が化粧をする行為と脳科学の関係性を研究する「化粧・美×脳科学」プロジェクトで成果を出しつつある。同社の基盤技術研究所(神奈川県小田原市)は脳科学の研究成果を基にして、今後は女性心理に根ざした化粧品を作ることを狙う。将来的には、脳科学の知見を商品企画や販促に応用する「ニューロマーケティング」の実践を目指していく。

 このプロジェクトは2007年7月に、脳科学者の茂木健一郎氏とカネボウ化粧品が共同で立ち上げた。2008年11月には、女性が化粧をする行為が脳に与える影響についての研究成果を、この分野では有力な学会「北米神経科学会」で発表。2009年3月には、書籍『化粧する脳』(茂木健一郎・著、恩蔵絢子・論文寄稿、集英社新書)にまとめている。

 カネボウ化粧品は、化粧が女性心理にどのような本質的な価値をもたらすかを脳レベルで理解することで、価値ある化粧品作りにつなげていこうとしている。学会発表では「化粧は女性が他人との関係性を作りたい欲求と関係している」「化粧は女性自身にとっての喜び(報酬)につながっている」という2つの仮説について、カネボウ化粧品が実施した実験を基に検証報告した。

 実験では、20代から30代前半の女性17人を被験者とし、事前に被験者の「素顔」と「自分で化粧をした後の顔」の写真を撮影した。これに他人の「素顔」「化粧顔」を加えた4種類の写真を用意。脳の働きを調べる特殊な医療機器「fMRI(機能的磁気共鳴画像装置)」を使って脳の画像を撮影しながら、4種類の写真を2秒間隔でランダムに表示。被験者は写真が素顔か化粧顔かを判断して、手に持ったボタンを押す。

 fMRI機器は国内ではまだ設置台数が少なく、医療関係の研究者による利用がほとんどだ。カネボウ化粧品のように、企業内の研究所で利用する例は珍しい。

化粧は女性の意欲向上につながる

 カネボウ化粧品が立てた1つ目の仮説については、右脳の「紡錘状回(ぼうすいじょうかい)」と呼ぶ部分に特徴的な活動が認められた。具体的には、自分の化粧した顔を見た時は、脳の反応が他人の顔を見た時に似ていることが分かった。

 脳は自分の化粧した顔を“他人”と認識しているわけだ。自分の化粧顔が、他人との社会的な関係を築く橋渡しの役割を果たしていると考えられる。

 2つ目の仮説については、自分の素顔を見た時、脳内の「報酬系」と呼ばれる部位が活発になることが観測された。化粧をする前に自分の素顔を見た時は、化粧した後の自分の姿が他人や社会に認められることを想像して意欲が沸くことを示唆しているという。

 基盤技術研究所では従来から、女性の感性を商品に応用する研究に注力してきた。例えば、化粧水容器のポンプは適度な力で中身が出るようにしたり、ファンデーションのフタを閉める時のカチっという音を心地よくしたりといった形で、感性を商品開発に応用してきた。

 だが、実験を担当した感性工学グループの猿渡敬志氏は「脳科学を応用するアプローチはこれまでになかったものだ。報酬という脳科学用語や、化粧する感動・喜びといった考え方を研究に取り込んだことで、新たな発想が生まれた。今後は女性の価値観を脳科学のレベルで深く知るための実験を続け、女性が求める商品を世に出せる努力を続けていきたい」と話す。