医薬品卸の東邦薬品は病院や調剤薬局と同社の物流センター、そして医薬品メーカーをオンラインで結んで物と情報の流れを管理するSCM(サプライチェーン・マネジメント)を完成させた。病院や調剤薬局は簡単に注文を出せ、東邦薬品は医薬品を素早く正確に配達できる体制を整えた。

 「そろそろ医薬品Aの在庫が切れそうだな」。調剤薬局で働く従業員が棚を見て、つぶやく。ハンディー型の発注端末を取り出し、一覧表にある医薬品Aのバーコードをスキャン。注文数を決め、端末を電話回線につないで送信して発注を済ませた。この調剤薬局では見慣れた光景である。数分後、ファクスで納品予定表が送られてきた。あとは翌日の午前中に医薬品が届くのを待つだけだ。

 全国に約6万軒ある調剤薬局は必ずしも、スタッフの数やシステム環境が十分に整っているわけではない。それでも毎日の発注業務はできるだけ簡単にして省力化したいのが共通の願いだった。その課題にいち早く目をつけ、今ある環境を生かしながら、誰でも使えて、しかも省スペースな端末を提供してきたのが医薬品卸の東邦薬品である。

 1997年に東邦薬品が自社開発した小型発注端末「ENIF(エニフ)」は瞬く間に全国の調剤薬局に広がり、今では全体の約40%を網羅するに至った。2008年7月時点では、2万4600台以上が稼働している。ENIFを使えば、注文のたびに卸に電話をかける必要がなく、24時間365日いつでも発注ができる。バーコードを使うので注文の間違いもほとんど起きない。さらにはコクヨの子会社カウネット(東京・品川)を通じ、調剤薬局で使う事務用品や生活用品もENIFで注文できる。医薬品やオフィス用品の注文だけでなく、医薬品の添付文書や服薬指導書を取り寄せる手続きも発注と同じ操作でできるし、バーコードで棚卸しまで可能だ。

 こうした多機能さと手軽さが調剤薬局の心をとらえた。東邦薬品の濱田矩男代表取締役社長は「当社は最新のIT(情報技術)で競合他社に差をつけ、得意先を安定化させる」と強調する。

 もしENIFがなかったら、東邦薬品の躍進はあり得なかっただろう。東邦薬品はENIFを使う調剤薬局を「ENIFクラブ」という会員組織に誘導し、その数は病院を含めた全顧客10万軒の約10%に相当する1万1432軒に達した。約8000億円ある売上高の25%に当たる約2000億円をENIFクラブ会員から稼ぎ出す。東邦薬品と主要な取引がある調剤薬局の集合体であるENIFクラブは、同社の生命線なのだ。会員になれば、1シート単位から医薬品を購入できる分割販売を利用できたり、調剤薬局同士で不動在庫情報をやり取りしたり、薬剤師のeラーニングを受講できたりする。

●SCMの川上から川下までを構成する様々なシステム投資が最高益の達成を後押しした
●SCMの川上から川下までを構成する様々なシステム投資が最高益の達成を後押しした
[画像のクリックで拡大表示]

 東邦薬品が病院や調剤薬局に提供するシステムはENIFだけではない。ENIFを拡張した大病院向けの在庫管理システム「ENIFwin」(2008年7月までの実績は332施設)や、患者がタッチパネルに従って操作すれば病院から調剤薬局に処方せんをファクスで送っておけるシステム「ENIファーマシー」(同619台)、患者が電話やネットから病院の診療時間を予約できるシステム「LXMATE HeLios/SELENE」(同2057軒)など多岐にわたる。2008年2月には複数の調剤薬局を展開するチェーン向けのネット型経営管理システム「e-ENIF.net」も始めた。

 東邦薬品はこれらを総称して「顧客支援システム」と呼ぶ。濱田社長は東邦薬品の強みである顧客支援システムでは「ライバルの追随を許さず、一歩も二歩も先んじたい」と意気込む。医薬品単体ではなく、顧客支援システムを前面に押し出した提案型営業で病院や調剤薬局の評価を勝ち取ろうとしているのだ。2008年3月期に3期連続で増収増益を達成し、売上高と経常利益ともに過去最高を更新できたのは、「病院や調剤薬局に提供している顧客支援システムが評価されているからだ」。中でも患者の待ち時間を減らすシステム群の提供で今後の高齢化社会に不可欠なインフラを構築していこうと、東邦薬品は病院や調剤薬局に対してシステム導入の提案活動を続けている。