キーボードアレルギーの取り除きに腐心

 だが、このシステムの活用が軌道に乗るまでには、壁が多かった。「金型製作担当者のパソコンアレルギーを取り除くのが大変だった」(グローバル情報システム本部SCMシステム部の柿良幸氏)と振り返る。そもそも金型製作者は工場内での作業時に軍手をはめているため、キーボードから修正履歴を入力してほしいと頼むのは無理があった。キーボードで入力する必要がないタブレット型パソコンを配備したり、不具合を記録するキーワードを手軽に入力できるようにした。車両のイラスト上で不具合が発生した個所を指定すると、「たるみ」「凹み」など、入力候補のキーワードがメニュー表示されて、選択するだけで入力できるようにして抵抗感を減らす工夫をした。

 操作面でこうした細かいこだわりを実現できたのは、システムの自社開発を前提に、仕様の検討を丁寧に行ったからだ。表計算ソフト「エクセル」で試作画面を作り、実際に使用する現場の金型製作者からの要望を吸い上げた。183件もの要望を基に画面を作った。開発を担当したクオリカ(東京・江東)の大渕浩之・ビジネス第三部部長は、「ウェブブラウザーでの活用を前提に開発したので大変だった」と振り返る。ウェブブラウザー上に車体や設計図を表示して、それを見ながらさらに描画したりコメントしたりできる機能を実現するのに苦心したという。ウェブブラウザーにこだわったのは、クライアントに独自ソフトを導入する仕様では保守運用が難しいと判断したためだ。仕様の検討から開発を終えるまでには2年間を要した。

現場の情報を整理してナレッジ化

 こうして2006年2月から金型の製作現場に「圧型品質ナレッジシステム」を導入した。情報を記録する手順はこうだ。金型製作担当者は、金型を完成させる過程で見つけたしわやたるみなどの不具合の内容をシステムに登録する。さらに写真を添付し、製作した金型を丸ごとスキャンし細かい修正履歴も数値化して記録することにした。これにより、修正内容が詳細に管理できる。

●上流工程である設計担当者と金型の製作担当者で情報共有し、PDCAを回す
●上流工程である設計担当者と金型の製作担当者で情報共有し、PDCAを回す
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 システムが稼働すると、濱崎氏ら解析担当メンバーは、金型製作現場に出向いて何度も説明し、夏の暑い時期にも汗だくになりながら一緒に情報を登録して入力の必要性を浸透させていった。

 記録された内容は、解析担当者が解析結果やコメントを追加するなどして内容を整理する。修正記録をほかの開発車種でも使える情報にするためだ。例えば、「ハッチバック」や「セダン」といった形状や、「フロントフェンダー」といった部位のように汎用性のあるキーワードを付けることで、ほかの開発車種を設計する際にも、検索しやすい情報になる。「こうした作業によって製作担当者からの情報が“知識”になる。1車種の金型を製作するに当たり、平均50件を知識化できている」(久恒部長)という。2007年7月までに587件蓄積した。

 また、ナレッジデータベースの検索に際しては、類義語を検索エンジン内部で関連付けておいて、似たキーワード使って検索した場合、検索結果が同じになるよう工夫した。同じ不具合を、技術者によって、異なる言葉で表すことが多いからだ。

 こうして、製作現場の金型完成のノウハウを、ほかの車種の設計に反映できるようになった。濱崎氏ら解析担当者は、ノウハウを着実に設計担当者が生かせるよう、開発車と同じような形状の開発車種や同じ部位で発生した不具合を調べて設計者にチェックリストとして渡す努力もした。