電力機器大手の日新電機は10年前に経営環境の激変に直面した。主要顧客である電力会社がエネルギー自由化に伴い設備投資を抑制したのだ。民需の開拓を見据えて、2001年から業務効率化活動「WIN21」に取り組んだ。設計部門では毎日の活動予定と実績と比較して問題を洗い出す時間管理を導入。設計担当者の生産性を向上し、管理職のマネジメント力も強化した。

 日新電機プラント事業部京都プラント部で、制御機器などの設計を担当する永井秀明グループ長の1日は、部下の設計担当者5人との朝礼と、それに続く一人ひとりとのミーティングから始まる。

 「今週は予定より仕事が遅れ気味なので、今日は効率を上げていこう」「この仕事をほかより優先して進めて」。てきぱきと永井グループ長が担当者に指示を出せるのは、担当者が業務予定を詳しく申告する「業務日誌」があるからだ。担当者は朝一番にその日に予定する仕事の内容を30分単位でシステムに入力し、終業時には実績も入力する。すると個人別の時間管理の予実データが自動集計されて永井グループ長に上がる。これを翌朝のミーティングでの部下の指導に役立てるのだ。

電力会社向けの受変電設備に加え、監視制御システムなどを幅広い業種に提供
電力会社向けの受変電設備に加え、監視制御システムなどを幅広い業種に提供

 5人それぞれとのミーティングには十数分ずつ時間がかかる。「最初は面倒だったが、締め切り直前にばたばたしないで済む先手のマネジメントができるようになった」。永井グループ長が現職に就いた2005年には、5人合計の設計工程遅れ日数が週平均2.63日だったのに対し、2007年には1.68日まで削減するなど、目に見える成果を上げている。

位高光司会長が社長だった2001年から改革に着手。電力会社の設備投資が減少する中、着実に利益を生み出す体質に変えた
位高光司会長が社長だった2001年から改革に着手。電力会社の設備投資が減少する中、着実に利益を生み出す体質に変えた

 設計部門における時間管理は、日新電機が2001年から取り組む意識改革、業務改革活動「WIN21」の一環だ。電力会社向けの受変電装置の製造、販売を事業の柱としてきた同社の事業環境は、1990年代後半から悪化しつつあった。エネルギー自由化をにらんで電力会社が設備投資を絞り込み、長期的に需要の低減が見込まれたからだ。そのため、一般産業分野向け事業の競争力向上が急務となっていたが、2000年に社長に就任した位高光司・現代表取締役会長は「今の体質のままで、競争の厳しい産業分野で戦っていけるだろうか」と懸念を抱いていた。

「ブラックボックス」を無くせ

 特に問題視したのが設計部門だった。生産スケジュールを圧迫するほどの設計遅れが慢性化し、製品の競争力低下や事業損益の悪化につながっていた。「約束を守れない設計部門では困る」。位高会長は、2001年にコンサルティング会社のプラウドフットジャパン(東京・千代田)に依頼し、設計業務の実態を調査した。その報告は「思っていたよりはるかに厳しいものだった」(位高会長)。

 設計担当者は問い合わせ対応などの飛び込み仕事に忙殺されて、本来やるべき設計業務に42%の時間しか割けていなかった。締め切りは「守れなくて当たり前」のものと化し、順守しようという意欲が希薄な悪循環に陥っていた。設計担当者とそれを束ねるグループ長のコミュニケーションも悪く、業務の進ちょくがグループ長から見えないという「ブラックボックス化」が進んでいた。担当者とグループ長のコミュニケーションが少ないため、担当者は仕事が遅れていてもなかなか言い出せず、締め切り直前にその遅れが発覚して生産スケジュールをひっ迫させることすらあった。

 そこで2001年に導入したのが、30分単位で業務時間を報告してもらう仕組みだ。設計担当者が毎日の仕事の予定と実績を書き出し、飛び込み業務などで遅れが生じた場合には、原因もその場で入力してもらう。これを毎日始業直後と終業前の2回、グループ長とのミーティングで確認し、遅れを繰り返さないための改善策を話し合う。

 グループ長はさらに、担当者が入力したデータを週次で「マネジメント・レポート」という帳票にまとめ、予定通りの日程で業務を遂行できたかを表す「業務達成率」、遅れののべ日数を算出する「設計工程遅れ日数」、労働総時間に占める設計業務時間の比率を表す「設計稼働率」などの指標を算出する。このレポートを部長に提出し、週に1度、部長とグループ長の間で問題の整理や指導方針の精査を行って、マネジメントの質を高めていく。

●設計担当者の時間管理情報を各現場のマネジメントに活用する
●設計担当者の時間管理情報を各現場のマネジメントに活用する
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 当時WIN21の推進事務局を務めた吉田忠一プラント事業部副事業部長らはプラウドフットと共同で、2事業部の4設計部門に時間管理の仕組みを導入していった。この結果、プロジェクト初期のモデル部門では設計担当者を25%削減しても業務が回るようになった。さらに2年後には設計日程遅れ日数がプロジェクト開始当時の5分の1になり、業務達成率は7割程度だったものが15%向上するなどの業務効率化が進んだ。2004年には時間管理システムを構築し、入力したデータをマネジメントEレポートに自動転記して、指標の推移をグラフで一覧できるようになった。

●日新電機は設計部門に時間管理を導入。業務効率を向上し、設計遅れが激減
●日新電機は設計部門に時間管理を導入。業務効率を向上し、設計遅れが激減

●開発生産性向上が業績にも寄与
●開発生産性向上が業績にも寄与

「話す機会」が風土を変えた

 設計業務時間を「見える化」するだけでなく、コミュニケーションの活性化と、グループ長らのマネジメント力を向上させる施策も実施した。WIN21の開始当初は、担当者の机に赤と黄色の旗を置き、飛び込み業務に忙殺されて仕事が遅れた場合には、旗を挙げてグループ長の支援を求めるというルールを導入した。グループ長に話しかけるのに気後れする担当者が多かったので、グループ長に支援を求めるサインを旗にしたのだ。

時間管理を推進した吉田忠一副事業部長(右)は「データをベースに、職場内でコミュニケーションを採る習慣が根付いたことが最大の成果」と話す。川島俊司(左)、永井秀明(中央)両グループ長は、「現場が元気になる指標」の発見に日々取り組む
時間管理を推進した吉田忠一副事業部長(右)は「データをベースに、職場内でコミュニケーションを採る習慣が根付いたことが最大の成果」と話す。川島俊司(左)、永井秀明(中央)両グループ長は、「現場が元気になる指標」の発見に日々取り組む

 1日2回、担当者とグループ長が「強制的」にミーティングすることを習慣付けたことで、コミュニケーションは徐々に円滑化していった。この場では、単に進ちょくを確認するだけでなく、時間管理のデータを基に仕事上の問題も洗い出して解決を図る。例えば「製造部門からの問い合わせが多くて本来の仕事が進まなかった」という現象があれば、「製造部門が理解しやすい図面を作成するためにできることはないか」という視点で話し合う。この時、グループ長が一方的に指示するのではなく、担当者自身に解決策を考えさせることで、納得して実行に移す意欲を高めようとした。

 とはいえ当初は「『なぜ予定を守れなかったのか』とグループ長が問いかけをしても、部下が『忙しかったから』としか答えなかったり、沈黙が5分以上続いたりと、かみ合わないミーティングも多かった」(吉田副事業部長)。グループ長の「聞く力」「導く力」を高めるため、WIN21の開始当初はプラウドフットのコンサルタントがミーティングに同席し、後でグループ長に話し方を指導した。

 プラウドフットとの契約終了後はこうしたトレーニングは中断していたが、2006年からコーチング研修を導入し、部下の話を傾聴したり、適切な問いを発して解決策を考えさせたりといった訓練を積ませている。「コーチングで傾聴のスキルなどを学んで、自分だけが話すのでなく、部下の話をよく聞くことができるようになった。部下が『なんかグループ長、最近おかしいんちゃう』とうわさしたほど」。永井グループ長は苦笑する。

 各指標の推移は、グループ長の席の後ろに張り出して、グループ全体で共有する。業務達成率や設計稼働率はWIN21の開始から2~3年でかなり向上し、現在高止まりの状態にある。しかし何らかの指標で、成果を「見える化」し続けなければ、取り組みが形骸化して元に戻ってしまう。そこで各グループ長は時間管理のデータを基に独自の指標を作って、部下のモチベーション向上に活用している。システム機器事業部システム装置部の川島俊司システム設計1グループ長は、図面1枚当たりの作成時間や、誤りがあった図面作成に投じた「仕損じ時間」などの指標を公開している。

 「指標を継続して追いかけると徐々に進化していくのが分かり、担当者の意欲も上がる。このような『現場が喜ぶ数字』を見つけ出すのも重要なマネジメント」(川島グループ長)

 設計部門に続き、2002年からは営業部門でもWIN21への取り組みを開始した。毎朝顧客への訪問計画を上司と話し合い、詳細なアクションプランを詰めたうえで、その実行率を指標化し、上司とミーティングを重ねて問題点をつぶしていく。こうした活動に地道に取り組んだ結果、課題だった一般産業分野向け事業も着実に成長している。