地方銀行大手の横浜銀行は2008年1月から、EBM(Event Based Marketing=イベント・ベースド・マーケティング)という経営手法を取り入れている。EBMとは就職、結婚、住宅購入、退職など、顧客の身に起きた出来事(イベント)を推察し、最適のタイミングでふさわしい商品・サービスを提案することで収益拡大を図るというもの。同行では2年前から検討していたが、顧客情報のデータベースであるMCIF(マーケティング・カスタマー・インフォメーション・ファイル)システムの刷新を機に導入した。

 保険会社やカード会社と異なり、顧客の預金を把握している銀行は、金融機関の中でも商品・サービスの販売につながるチャンスが大きい。特にリテール(小口金融取引)分野に活路を見いだしたい地銀にとって、EBMは注目の手法といえる。海外の金融機関では導入が進みつつあるものの、国内ではまだほとんどない。横浜銀行は関連会社の浜銀総合研究所(横浜市)、BI(ビジネス・インテリジェンス)ベンダーのSASジャパン、MCIFシステムの運用を担当するNTTデータと共同で稼働にこぎつけた。

 多額の引き落としなど、担当する顧客の口座に何らかの“異常な”動きが見られた際に、営業支店の行員が利用している「CRM・営業支援システム」のマイページにメッセージが配信されるようになっている。例えば、年齢などの条件を満たす顧客に退職金と推定される金額を振り込まれ始めると、「退職金と推定される入金があります。取り引き内容を確認のうえ、運用ニーズなどについてお話をお聞きしましょう」といった具合だ。

 通常の入金なのか、異常値なのかは、あらかじめ設定しておいたイベントの「定義」から判断する。横浜銀行ではSASと浜銀総合研究所と共同で21種類のイベントの定義を策定している。

現場とシステムに精通した人材の確保が鍵

 営業担当者に配信される指示は目新しいものではない。山田真矢個人営業部長は「優秀な営業担当者の頭の中にはあったことで、言われなくても実行している担当者も多い。ただし、こうしたベテランのノウハウは標準化も共有化もされていなかった。システムで自動的に指示を出す意味は大きい」と説明する。EBMシステムの運用で大切なのは、顧客の身に起きた変化とその後に取る行動の相関を結びつける仮説の収集となる。この仮説を、膨大な過去の取り引きデータを用いて検証。「ある一定の資産を持つ顧客の定期預金が満額になった際に個人向け国債を勧めると購入してもらいやすい」などだ。高い相関が認められたものだけを販促活動に利用する。山田部長らは高い営業成績を残している行員からのヒアリングを重ねた。

 商品を提案するのに最適なタイミングと判断した顧客に対しては、コールセンターからの電話や営業支店での接客、ダイレクトメールなどを通じて働きかける。自動的に顧客にダイレクトメールを送信する仕組みも設けている。横浜銀行ではEBMを既存顧客に対する未購入の商品やサービス販促の手段として活用していくが、現段階では営業担当者はEBMのメッセージ通りに動くように強制はしていない。

 今年1月まではシステム上の顧客のページごとにEBM情報が掲載されていて営業担当者がアクセスして閲覧していたが、4月から各営業担当者にメッセージを通知するようになった。本格的な運用はこれからで、EBMの成果が見えてくるのはもう少し先になりそうだ。実践していくうえでの課題はEBMを指揮する人材の確保。「仮説を立てるためには営業現場を熟知していなければならないし、一方で統計やシステムについても詳しくないと難しい」と個人営業部個人企画室のマーケティング・計数グループの井上賢調査役は語る。横浜銀行では、浜銀総合研究所やNTTデータらと役割を分担していく予定だ。