住友信託銀行は2004年11月にコールセンターのシステムを刷新した。勘定系・情報系・CRMの各システムを一括連携させるようにした。これにより,有力顧客のデータを抽出する作業の時間が大幅に短縮。販促を強化し,電話やネット経由の投資信託の注文数は3年間で6~7倍に,営業店のキャンペーンに伴う注文も同期間に4~5倍伸びた。

 団塊マネーの獲得競争が激しさを増す金融業界。50~60代を主要顧客とする信託銀行でも安穏とはできない状況だが,住友信託銀行の個人向け(リテール)事業は増収増益を続けている。

 特に最近の2年間は,投資信託や年金保険などの販売が好調だ。2005年度は前年度の2倍近い247億円の手数料収入を稼ぎ出した。2006年度も286億円まで伸ばした。手数料収入の増加が貢献し,預金の運用収支や手数料収入を表す実質業務粗利益は842億円と,前年度より108億円も増えた。

 このリテール事業の好調に大きく貢献したのは,テレホン・バンキングやインターネット・バンキング業務を管轄するダイレクトバンキング部である。同行はもともと営業店の数が少なく,首都圏で20店,全国で約60店と一般の銀行に比べれば限られている。それだけに,ダイレクトバンキング部は重要な位置付けだ。

 テレホン・バンキングは1997年に,インターネット・バンキングは2000年に開始した。「相談できるダイレクト」というコンセプトを掲げ,資産運用やローンなどの専門性の高い内容にも対応できるコンサルティング・サービスを提供してきた。

有望見込み客の抽出に2週間かかった

 ただし,早くから開始したこともあって,2004年ころにはシステムの使い勝手の悪さが目立っていた。(1)有望な見込み客を抽出してコールセンターから営業の電話をかける体制を整えるまでに時間がかかり過ぎ,電話による機動的な販促活動が難しい,(2)電話オペレーターの対応業務の質が向上しにくい─などの課題を抱えていた。

 (1)も(2)も,勘定系,投資信託や市場性商品などのデータを取り扱う情報系,顧客の取引履歴を収集するCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)などのシステムが連携していなかったことが主な原因だ。

 (1)に関しては,見込み客のデータを抽出する際に,勘定系,情報系,CRMのそれぞれのシステムごとに1日がかりのバッチ処理が必要だった。有望な見込み客を抽出するには,満期が近い定期預金を契約しているかどうか,資産状況はどうか,取引履歴はどうか,など様々な切り口がある。人手の面でも,システムごとに作業担当者が異なって日程調整に手間取ることが多かった。これらが積み重なった結果,約2週間を要した。

 (2)の課題も,システムの使い勝手の悪さに起因していた。当時,同行の電話オペレーターは3台のモニターを見ながら電話をかけていた。電話受付,勘定系,情報系のシステムごとに端末が異なっていたからだ。

 そもそも,住友信託銀行のオペレーターの作業負荷は「一般的なコールセンターよりも高い」(ダイレクトバンキング部の原田修企画チーム長)。複雑な操作が苦手な高齢者の顧客にも利用してもらおうと,用途別に通話を振り分けるIVR(自動音声応答)をあえて採用していないからだ。オペレーターは顧客の通話内容を聞きながら3台の端末を使い分け,適切なアプリケーションを呼び出さなければならなかった。

 一方で,取扱商品は増えるばかりだった。2005年4月のペイオフの全面解禁(金融機関が破綻した時の預金保護が限定的になったこと)を控えて各行が金融商品拡充を競っていた時期である。「これ以上負荷が増えると注文ミスなどの事故が相次ぐ可能性が高かった」(原田企画チーム長)

各システムを連携させて1営業日でデータ抽出

 そこで2004年11月,テレホン・バンキング用のコールセンターのシステムを大幅に刷新した。勘定系,情報系,CRMの各システムのデータを連携させることにより,有望見込み客を抽出するバッチ処理が1回で済むようにした。

 これによって見込み客を1営業日で抽出できるようになり,コールセンターが機動的にマーケティング用の電話をかける体制を確立した。ある商品の販売を促進することを経営会議で決定してから,最短で翌日から売り込みができる。

 キャンペーンの企画から実施までが迅速になった結果,顧客の反応も良くなった。「例えば為替相場が円高に推移した場合にメール・マガジンの号外を発行して顧客の関心を高めておき,すかさず営業の電話をかけることで良い反応を得られるようになった」(林秀吉ダイレクトバンキング部次長)。ダイレクトバンキング部では,契約中の預金の満期が迫っている顧客へ電話をかける活動を2003年7月に開始していたが,こうした活動が滞りなく行えるようになることにも貢献している。

●各種システムを連携させたことで見込み客の抽出とマーケティング活動が機動的に
●各種システムを連携させたことで見込み客の抽出とマーケティング活動が機動的に
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 オペレーターの対応の質を高めるうえでもシステム刷新は効果的だった。CRMと勘定系の情報を電話受付システムの画面に呼び出せるようにし,オペレーターが操作する端末を2台に減らした。

 業務の品質を上げるための工夫も凝らした。例えば投資信託の販売時には,顧客の投資スタンスを確認しているか,商品の目論見書を顧客に確認してもらっているか,といった注意事項がある。これらのコンプライアンス(法令順守)関連の事項を表示し,チェックボックスにチェックを入れないと画面が切り替わらないように作り込んだ。

 また,投資信託には似たような名前の商品がたくさんある。投資信託の注文を受ける際に間違えやすい商品がある場合は,商品名の横に注意書きを掲載しておくなどのキメ細かい工夫も施した。

営業店が接客に専念できるようになった

 システム刷新前の同行は,実はもう1つ課題を抱えていた。ダイレクトバンキング部と営業店が互いの営業推進活動を把握できなかったことだ。結果的に両者が同時期に同じ顧客に電話をかけるといった無駄が発生していた。

 そこで,コールセンターのシステム刷新に並行して営業店とコールセンターなどチャネル間の情報共有を強化した。各チャネルが顧客に接した履歴を互いに確認できるように改良したのである。営業店とコールセンターで役割分担も進めた。例えば,定期預金の満期が近い顧客に連絡する作業は,ダイレクトバンキング部が請け負った。

●住友信託銀行のダイレクトバンキング事業の主な施策
●住友信託銀行のダイレクトバンキング事業の主な施策

 こうした施策によって,営業店の販売力が向上し,キャンペーンに伴う取引の注文数は3年前の4~5倍に増えた。営業店の企画をまずコールセンターのオペレーターが顧客に案内し,その反応をCRMシステムに登録しておく。後日,顧客が営業店を訪れた際に,担当営業者は顧客がコールセンターとどんなやり取りをしたかを確認しながら接客できるようになった。電話で反応が良かった顧客が来店した場合には積極的にお勧めするといった判断も簡単に行える。

 同時に,顧客満足度も向上した。営業店からキャンペーンなどに伴う電話業務をコールセンターに移した結果,営業店の担当者はよりキメ細かく接客できるようになったなったからだ。

 事実,日経金融新聞が2007年7月9日に発表した「銀行リテール力調査」では,住友信託銀行は大手都銀などを押さえて商品実力度部門で1位を獲得した。数十種類もの投資信託や変額年金といったバラエティーに富む商品を扱っているだけでなく,リスク商品の説明や接客姿勢などにも高い評価を得た結果,前年の3位から躍進することができた。この陰には,ダイレクトバンキング部との巧みな連携があったわけだ。

テレビ電話での相談業務も拡大予定

住友信託銀行ダイレクトバンキング部の村井雅明部長(中央),林秀吉次長(左),原田修企画チーム長(右)
住友信託銀行ダイレクトバンキング部の村井雅明部長(中央),林秀吉次長(左),原田修企画チーム長(右)

 システムを刷新した2004年から2007年にかけて,ダイレクトバンキングの利用者数は35万から55万に増えた。「比較的若い30~40代の顧客も獲得できるようになった」(村井雅明ダイレクトバンキング部長)。ダイレクトバンキング経由の投資信託の売買注文数は6~7倍に増加した。

 業務量拡大に応じて2006年9月にはコールセンターを移転して席数を130席から200席に増やしたほか,オペレーターの研修施設を設けた。新センターの名称は「Lスクエア」といい,「オペレーターに同じ場所で働く同士という一体感を醸成することを狙った」(原田企画チーム長)。

2006年9月に開設したコールセンター「Lスクエア」。従来の1.5倍以上に相当する200席体制で顧客対応に当たっている
2006年9月に開設したコールセンター「Lスクエア」。従来の1.5倍以上に相当する200席体制で顧客対応に当たっている

 顧客の関心を引きつけるため,新しいネット系サービスも打ち出している。2006年12月にはインターネット・テレビ電話で住宅ローンの相談を受け付ける「テレビDE相談」を開始した。ネットに接続したパソコンに専用ソフトを組み込むことで,顧客が自宅にいながらオペレーターと顔を合わせて相談ができる。現状は住宅ローンの相談だけだが,「要員を確保して1~2年以内に資産運用の相談などへ広げたい」(村井部長)としている。