山之内製薬と藤沢薬品工業が合併して誕生したアステラス製薬。医療機関向け医薬品が中心で、業績は今のところ好調だ。だが国際的に競争は激化。生き残りのために新薬開発の強化が課題だ。そこで、新薬開発を担うリーダー育成の強化に着手した。今年度で既存リーダーへの研修を終え、来年度は候補者育成に取り組む。

 製薬会社の成長力は新薬開発プロジェクトがいかにうまくいくかにかかっている。特に、薬価引き下げが相次ぐ国内市場より、欧米市場で通用する薬をどれだけ持てるかが業績向上の鍵を握る。アステラス製薬は免疫抑制剤「プログラフ」などが海外で好調で、海外売り上げ比率は約半分に達している。さらに2015年ごろの発売を見込む抗血栓薬の新薬を欧米で臨床実験するなど、グローバル体制を推し進めている。

 そこでアステラス製薬で新薬開発を担当する開発本部は、2005年から新たなリーダー育成策を実施した。

 従来からも全社的にコーチングの研修などは管理職向けに実施していたが、そもそも新薬開発を担うリーダーにはどんなスキルが重要なのかという具体的な人材像ははっきりしていなかった。

 そこでまず必要なリーダー人材を2種類に分けた。そして、それぞれのリーダーごとに研修で教えるべき3つのコアスキルを定義した。

2つのリーダー像を定義

 これら研修メニューの開発を担当した同社開発本部の大熊利明氏によれば、マネジメント能力の引き上げはもちろん、特に重視したのは対人スキルの向上だという。プロジェクトチーム運営における海外子会社のスタッフとのコミュニケーションや、臨床試験に協力してもらう医師ともめたトラブル事例などをベースに、コアスキルや研修メニューを作成した。

●新薬開発に必要なリーダー人材を2つ定義。特に対人スキルを重視
●新薬開発に必要なリーダー人材を2つ定義。特に対人スキルを重視

 まず第1のリーダーは、新薬開発プロジェクトを仕切る作戦指揮官的な役割のプロジェクトリーダーだ。固定的な部下は持たないが、プロジェクトメンバーには欧米の子会社のスタッフが加わるのが通例で、英語で電話会議やテレビ電話会議などを行うことが頻繁にある。プロジェクトを進めるうえで、実験データの収集や臨床試験をどこの国が担当すべきかなどでもめることは珍しくないという。

●新制度の研修で学ぶ主な内容
●新制度の研修で学ぶ主な内容

 同社ではこの新薬開発のプロジェクトリーダーの人材像を「GPL(グローバル・プロジェクトリーダー)と呼ぶことにした。欧米など海外のスタッフと円滑にコミュニケーションしながらプロジェクトを仕切れる人材という意味だ。コアスキルは、(1)PMBOK、(2)海外のスタッフも交えて会議を進められるグローバルリーダー、(3)チームワーキングの3つだ。

 PMBOKは米国の非営利団体PMI(プロジェクト・マネジメント・インスティテュート)が策定したプロジェクト・マネジメントの知識体系で、教えている内容は、土木・建設業界やIT(情報技術)業界におけるプロジェクト管理研修と基本的に同じである。PMBOKを教えることにしたのは、まずスムーズな意思疎通には用語の定義の標準化が不可欠という問題意識があったためだ。例えば、リスクマネジメントの会議を行う場合に、検討すべきリスクとはどのようなものを指すのかといった定義が従来はあいまいだった。

 2つ目のコアスキルであるグローバルリーダーとは、欧米などの異文化への理解力を指す。海外に駐在経験が無いような人でも、ほかの国の生活慣習や宗教観などに戸惑うことのないように研修を行う。

 3つ目のコアスキルであるチームワーキングは、会議における意見調整のためのファシリテーションを中心にした会話スキルを指す。人間にはどんなタイプがあるかを知り、会議で対立した場合などにどう対処するか学ぶ。

●アステラス製薬が新薬開発強化のために定義した2つのリーダー像
●アステラス製薬が新薬開発強化のために定義した2つのリーダー像

 一方、研修で育てる第2のリーダー像はCRM(クリニカル・リサーチ・マネジャー)といって、新薬開発プロジェクトのうち臨床試験など国内で行う業務を仕切る現場リーダーだ。

 CRMについても同様に3つのコアスキルを定義した。特にCRMのコアスキルは対人スキルが中心である。

 1つ目がチームビルディング。これはGPLのチームワーキングとほぼ学ぶ内容は同じでファシリテーション・スキルが中心だ。人間のタイプにどんなものがあるかなどを学ぶ。

 2つ目がコンフリクト・ネゴシエーション。GPLは海外スタッフとの折衝能力を問われるのに対して、CRMは臨床試験で協力を仰ぐ医師と部下がもめてしまい、解決に出向くケースを想定した。チームビルディングで学んだ人間のタイプの判別法を踏まえ、医師のタイプを見極めつつ、どう会話すれば冷静な話し合いに引き込めるかを学ぶ。

 3つ目のコーチングは、会話術よりも問題解決技法に踏み込んだもので、人間のタイプ別に問題解決の思考法まで指導できるようになることを要求する。

トラブル解決研修のリアルさにこだわる

 3スキルは3年がかりで研修することとし、時間割は週に1回、平日午後の研修を3~4週間続けることとした。受講者は上司が推薦するリーダー層で30代~40代の十数人ずつ。時間を工面しやすいよう、火曜と木曜といったように、わざわざ週に2日、同じ研修を実施して、受講してもらうように配慮した。

開発本部で人材開発を担当した大熊利明氏
開発本部で人材開発を担当した大熊利明氏

 GPLの場合、2005年にはまずPMBOKを学習し、世界標準のプロジェクト管理技法を学んだ。次に2006年に異文化学習のグローバルリーダー研修、今年はチームワーキングを学ぶ予定だ。

 これらの研修の知識が定着したかどうかを見るために、研修からあえて時間をおいて3~4カ月後に確認テストを実施することにした。テスト結果が悪ければ補講を実施して受けさせる。こうした結果は人事評価対象とする。あまりにも試験結果や補講の受講態度が芳しくない場合は配置換えの検討対象にもなるので受講者は気が抜けない。

 研修内容の実践性にもこだわった。大熊氏は研修会社のコンペを行い、特に「部下や医師などに対して、一人ひとり個性を見極めてコミュニケーションできる方法論を教えること」を求めた。こうしてチームワーキングやCRMの対人スキル研修など多くの部分について、人間をタイプ分けしてチーム生産性を高める組み合わせを提案するといったコンサルティングを得意とするインタービジョン(東京・中央)を採用した。

●今回の研修で導入した人間タイプの分類法
●今回の研修で導入した人間タイプの分類法

 医師とのトラブル仲裁を目指すコンフリクト・ネゴシエーションにおいては、アステラス社内の管理職から過去の医師とのトラブル事例を報告してもらい、それらをインタービジョンの手法で分類した。例えば、「御社ほどの会社がこのようなことでいいのか」といったニュアンスでクレームをつけてくる医師については、「厳格型の因子が強い。こうしたタイプの人については『どうすればよかったか勉強させてください。ご指導ください』といった会話をすべき」といったものだ。協調性など厳格型とは異なるタイプの場合、相手によって「見捨てないでください」と共感に訴えたり、あるいは「みっともないことをさせてしまって申しわけありません」と相手に恥をかかせたことをまずお詫びするなど、効果的な切り出し方は個性によって異なるという。

●人間タイプの研修資料
●人間タイプの研修資料

 摩擦内容も、「説明不足」「誤解」「いいがかり」「失態」など数パターンに分けて、実際に十数パターンの会話例のロールプレイングを実施。お詫びに行くCRMの役をそれぞれ社員に演じてもらったりした。2006年に実施した結果、受講者からは「よくここまでリアルな会話を作った」「生々しくて面白い」「さっそく活用してみたい」など好評だったという。研修から3~4カ月後の確認テストは、怒った医師の会話例を出題し、自分ならどんな謝り方をするか会話を書かせた。

 CRMを対象にしたコーチング研修でも、やはり部下のタイプを見抜いたうえで、タイプ別に思考法を指導できるようにする。ロジックツリーや、ショットガン型など、部下のタイプ別に合った頭の整理や発想法を指導できるよう今年度に研修する予定だ。

 2005年から開始した既存のリーダー職への研修は今年度でいったん終了する。来年からはリーダー人材の候補者育成の仕組みとして今回の研修メニューを活用していく考えだ。参加希望者をふるいにかけるためのコンピテンシー(行動特性)のモデルも既に作成済みだ。