東京海上日動火災保険(以下東京海上日動)は2007年12月,動画配信システムを基盤とするeラーニング・システムを構築した。約3万台の社内クライアント端末を対象に,映像教材や確認テストなどのコンテンツを作成。約1万7000名の従業員が好きな時間に閲覧・受講できる体制を整えた。社内通達や受講管理の効果を高めることで,コンプライアンス強化につなげるのが狙いだ。

映像配信で業務知識を確実に浸透

 eラーニングの必要性が高まったのは2005年。当時,保険業界は適切な給付を実施しない「保険金不払い問題」で揺れていた。その背景の一つが,コンプライアンスを徹底する従業員教育の不備である。保険商品の複雑化にも応じきれていなかった。

写真1●左から東京海上日動火災保険 IT企画部企画室デザイングループの川杉朋弘課長,古根久美子主事,東京海上日動システムズ ITサービス本部の加藤基広ソリューションスペシャリスト,新開康司ソリューションプロデューサー
写真1●左から東京海上日動火災保険 IT企画部企画室デザイングループの川杉朋弘課長,古根久美子主事,東京海上日動システムズ ITサービス本部の加藤基広ソリューションスペシャリスト,新開康司ソリューションプロデューサー

 同社は2004年に東京海上火災保険と日動火災海上保険が合併して発足した損害保険会社である。合併作業と保険商品の刷新を同時並行で進める業務革新プロジェクトを進める中で,変化に対応していくための従業員の育成が課題として浮上した。

 そこで「新しい環境に対応できる情報武装が必要」(東京海上日動 IT企画部企画室デザイングループの川杉朋弘課長,写真1左)との観点から,業務に欠かせない知識を確実に浸透させる情報伝達ツールとして,映像配信基盤およびeラーニング・システムの導入に踏み切った。


衛星放送とノーツを置き換え

 もちろん,従業員教育を支援するシステムがこれまで無かったわけではない(図1)。従来の情報伝達は,Lotus Notes/Dominoと衛星を使った社内放送の二本立て。Notesで社内通達や掲示文書を,社内放送で訓辞や教育用のコンテンツをそれぞれ従業員に提供している。閲覧や視聴の促進は,Webアプリケーションによる確認テストを実施することで補う体制だ。

図1●映像配信とeラーニングシステム導入の狙い
図1●映像配信とeラーニングシステム導入の狙い
テキストとメール・ベースの教育システムを映像配信可能なeラーニング・システムに刷新することで学習効率の向上を図る。
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 しかしNotes,社内放送とも,業務実態にそぐわない点が目立ち始めていた。社内クライアントの統一仕様を固めたのは1997年。Notesを活用することでいち早くペーパーレス化を実現したものの「Notesはテキスト・ベースのツール。従業員の教育効果という面ではあくまで“確認”であって,“ラーニング”とは言えないものだった」(川杉課長)。

 また利用者が増えるにつれて,Notesの教材コンテンツと対になる確認テストのシステムは,処理能力が不足し始めていた。全従業員を対象とするテストを実施するのが難しい状態だったのだ。

 同システムは,2002年に自社開発したもの。教材の閲覧後,確認テストを実施すると回答がメールで返ってくるシステムだ。このメールによる回答システムは,ユーザー数を1000人と見積もり設計していた。だが,会社合併によってこの想定を超える利用者数が生じ,回答メールの遅配が起こり始めた。

 社内放送は,業務の多様化で視聴率が以前よりも低下していた。「練りに練ったコンテンツを用意しても,放送時間が固定されているため営業や電話応対中の従業員は視聴できない」(同氏)という弱点を抱えていた。

管理できる映像配信を指向

 こうした従来システムの運用で得た教訓から,新システムの主な目的は「映像コンテンツの活用」と「受講管理」に絞った。

 映像コンテンツの活用は,従業員の理解度を高めるのが目的である。映像を重視したのは「社内通達の閲読率が伸びず,聞き取り調査したところ,可読性の悪さを指摘する声が多かった」(川杉課長)ためだ。

 受講管理は,管理側で閲覧率が分かる点を重視した。従来のテキストによる確認テストは,回答と結果が分かるだけで,閲読率やテスト結果をリアルタイムに把握する機能は無かった。

 要件を詰めた結果,閲覧やテストがシステム側で記録されるeラーニング・システムの構築を決断した。マイクロソフトのPowerPointなどと組み合わせてコンテンツを作成できるeラーニング・システムについて,2005年初頭にパッケージ製品の比較検討に着手。2006年10月には具体的な仕様を詰め,2007年前半から開発を始めた。稼働開始は2007年12月。「スケジュールは相当タイトだったが,パッケージの活用でクリアできた」(川杉課長)。

ダーク・ファイバとQoSを導入

 eラーニング・システムの足回りとなるネットワークは,増速とQoS設定を実施した(図2)。「従来の構成では“破裂”しそうだったので大増強を図った」(東京海上日動システムズ ITサービス本部多摩ITサービス部の加藤基広ソリューションスペシャリスト)。

図2●東京海上日動火災のeラーニング・システムのネットワーク構成
図2●東京海上日動火災のeラーニング・システムのネットワーク構成
大・中規模拠点は広域イーサネットで接続。エクストラネット用のセンターにコンテンツ配信サーバーを,イントラネット用のセンターにキャッシュ・サーバーをそれぞれ配置した。

 まず帯域については,広域イーサネットのアクセス回線を,NTT東西のメガデータネッツからダーク・ファイバに入れ替えることで拡張。「拠点の端末数に応じて10Mから1Gビット/秒に帯域を広げた」(加藤ソリューションスペシャリスト)。

 QoSは業務系のパケットを優先した。ストリーミングを後回しにするポリシーをルーター/スイッチに設定。帯域制御用のネットワーク機器の導入も検討したが「QoS以外に活用できる機能が見当たらなかったため,既存のルーターへのQoS追加を選択した」(加藤ソリューションスペシャリスト)。

 増強の際に網構成自体は変更せず,従来同様,拠点規模に応じて広域イーサネットとIP-VPNを使い分けている。「変えようと思ったが,NGN前夜で新しい通信サービスが出てきていない。従来の構成を踏襲して増速するのが現時点でのベストと判断した」(加藤ソリューションスペシャリスト)。