太平洋セメントは,ブロードバンドを活用したバックアップ・システムを2007年1月から稼働させている。狙いは,ディザスタ・リカバリ(DR)の実現。重要データを置く都内のデータ・センターに大規模災害が発生しても,業務を継続できるようにした。

事業継続のための備えがなかった

写真1●太平洋セメント情報システム部の服部徹主査
写真1●太平洋セメント情報システム部の服部徹主査

 この取り組みを始めたきっかけは,2005年にさかのぼる。同社は,当時意識が高まりつつあった「CSR経営」に取り組み始めた。CSR経営とは,企業の社会的責任を意識した経営のこと。これには企業の持続的な発展も含まれる。同時期に企業の情報セキュリティの一環として,事業継続計画(BCP)への投資の必要性が叫ばれ始めた。

 こうした動きを考慮した上で,同社のネットワーク・システム全般の企画を受け持つ情報システム部の服部徹主査(写真1)は,「社内に情報セキュリティ委員会を設置し,情報セキュリティ全般の見直しを図ることにした」と説明する。

 実際に調べると,同社には大規模災害時に事業を継続するための備えが何もないことが分かった。そこで,経営の中枢を担う情報システムを災害時にも継続稼働させるための方策を検討し始めた。

従来の方式では時間がかかりすぎる

 それまでもデータをバックアップするシステムはあったが,大規模災害に対応できるものではなかった。

 従来の運用では,経理関連などの重要な業務データを富士通のストレージ「ETERNUS3000」に格納し,1日ごとにデータ・センター内でバックアップを取っていた。さらに1週間に1度,バックアップ・データをテープまたはディスク上の仮想テープに保存し,遠隔地に物理的に退避させていた。

 この方法だと,データ・センターが巨大地震などの災害に見舞われた場合,最悪のケースでは1週間分の重要なデータが失われることになる。また,サーバーを再構築する際は,テープに保存したデータをディスクに書き戻す必要があり,業務に使える状態にするのに1~2週間もかかってしまう。

iSCSIとWANで遠隔地に退避

写真2●太平洋セメントが導入した富士通のストレージ「ETERNUS4000」
写真2●太平洋セメントが導入した富士通のストレージ「ETERNUS4000」

 同社が選んだのは,WAN回線を使って,遠隔地のDRサイトに,ストレージ上の業務データを直接転送する方法だった。一般に,ストレージのデータは「ファイバチャネル」などのSAN用インタフェースでやりとりする。だが,WAN回線でやりとりするにはIP対応のインタフェースが必要となる。

 そこで同社は,ストレージのデータをIPパケットでやりとりする「iSCSI」の採用を検討した。利用中のETERNUS3000はiSCSI機能を持たないため,同機能を備えた後継機「ETERNUS4000」を導入することにした(写真2)。

 これまでETERNUS3000に保存していたデータの中から,特に重要で事業の継続に必要なものをETERNUS4000に移行した。さらにもう1台同じETERNUS4000をDRサイトに置いた。その上で,データ・センターとDRサイトをWANでつなぎバックアップ・データを転送する(図1)。こうすることで,データ・センター側で災害が発生しても,DRサイト側に切り替えて業務を続けられる。

図1●iSCSI対応ストレージの導入で遠隔地へのバックアップを低コストで実現
図1●iSCSI対応ストレージの導入で遠隔地へのバックアップを低コストで実現
太平洋セメントのネットワーク構成を示した。ハードディスクのデータをIPパケットでやりとりするiSCSIをサポートしたストレージを導入し,低料金IP-VPNのフレッツ・グループアクセスと組み合わせることで,災害時の事業継続を考慮した遠隔地へのバックアップを実現した。なお,LANとアクセス回線をつなぐためのWANルーターや冗長化のための構成などは省略している。
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無理がない計画で移行はスムースに

 実際のシステム構築は,2006年10月から開始した。ETERNUS3000からETERNUS4000へのデータ移行は,2007年1月2日に実行した。

 ストレージの増設や置き換え時は,データ移行作業に手間取ることが多い。実際にシステム構築を担当しているパシフィックシステムのシステム2部第1グループの鈴木貴博副主任は,「同じ富士通製のストレージを選んだおかげで,限られたスケジュールで確実に移行が進められた」と説明する。

 さらに,ETERNUS3000を即座に撤去せず,並行運用しながら新たに構築したETERNUS4000用のSANにつないで,重要なデータだけを移行する方法を取った。こうすることで,「トラブルを回避できた」と鈴木氏は言う。

足回りには低価格のBフレッツ

 データ・センターとDRサイトをつなぐWAN回線には,NTT東日本の「フレッツ・グループアクセス」を採用した。これは,Bフレッツを利用する低料金のIP-VPNサービスである。

 ETERNUS4000は,最大4本のWAN回線を束ねてデータを転送できる。今回は,2本のBフレッツ回線を束ねた。Bフレッツは専用線よりも安く,いざとなればもう1本回線数を増やせる。こうした柔軟な対応が取れる点がBフレッツを採用した理由である。

 Bフレッツ回線1本当たりの最大伝送速度は100Mビット/秒だが,鈴木氏によると実効速度は20M~25Mビット/秒。2本束ねると40M~50Mビット/秒になるという。ETERNUS4000はデータの差分だけを転送するが,太平洋セメントの場合,1日あたり約200Gバイトになる。これを送信し終えるのに5~6時間かかるとしている。

 Bフレッツはベスト・エフォート型サービスであり,回線の瞬断によってデータの一部が失われる心配もある。同機は転送データの整合性を保証する機能を備えているため,データが失われたことはないという。

ここがポイント

目的:災害時の事業継続性の確立

機器:富士通のETERNUS4000

導入時期:2006年10月~2007年1月

効果:設計情報などを円滑に更新。余った帯域でテレビ会議も導入可能に

●会社・プロフィール
本社: 東京都中央区
売上高: 9406億円(2007年3月期,連結ベース)
従業員数: 2031名(2007年3月末時点)

●ネットワーク・プロフィール
サーバーやスイッチ,ストレージを置いた都内のデータ・センターに本社や全国の支店を接続する。本社の接続は広域イーサネット,支店の接続にはIP-VPNを利用。