行縄孝宏室長
シックスシグマ手法の導入・利用推進を担うオペレーショナルエクセレンス室の行縄孝宏室長。欧米の多数の企業から「シックスシグマの全社導入のお手本」とされる米ゼネラル・エレクトリックの日本法人に約17年勤務した後、航空会社を経て、万有製薬に入社した

 医薬品大手の万有製薬(東京・千代田区)は、シックスシグマ手法を使った業務改善活動で2007年の1年間に4700万ドル(約48億円。1ドル=103円で換算)の財務効果を得たことを明らかにした。売上高1900億円超、従業員数3800人の同社で、1年間に計55プロジェクトを完了させた成果だ。

 2003年に米メルクの100%子会社となった万有製薬は、2005年からシックスシグマ活動の導入に着手。「メルクを2010年までに、シックスシグマによって、無駄がなく柔軟性の高い会社に変える」という米本社のリチャード・クラークCEO(最高経営責任者)の意向を受けたためだ。最初の1年は、メルクから同手法に詳しい社員を日本に招いて説明会を開き、課長職に相当する中堅マネジャーの中から希望者を募って十数人を外部で研修するなどした。

 2006年になると、同手法の普及促進を狙う専任部署「オペレーショナルエクセレンス室」を設立して研修プログラムを内製化。400人以上の中堅マネジャーを教育した後、シックスシグマを使う業務改善プロジェクトをいくつかスタートさせた。同年の財務効果は300万ドル(約3億円)だった。オペレーショナルエクセレンス室の行縄孝宏室長は、GEの日本法人に17年勤務した後、GEの取引先である航空会社に転職、2006年4月に万有製薬に移ったという経歴を持つ。 

 2007年は全社的に取り組んだ。取締役や部長職といった経営幹部まで研修を実施。経営幹部をプロジェクトの財務責任者、中堅マネジャーを実行責任者として、計55の業務改善プロジェクトを完了させた。

 例えば営業部門では、支店長やMR(医療情報担当者)の外勤時間の確保、顧客ターゲティングのプロセス改善などをテーマに活動。製造部門では製造ラインの稼働率向上、製造部材の在庫削減、研究開発部門では製材評価の分析法についての開発プロセス改善などをテーマとし、本社スタッフ部門ではSOX法の審査プロセスの迅速化、社内向けIT(情報技術)ヘルプデスクのサービス向上、医師向けコールセンターの応対力の改善などに取り組んだ。

 シックスシグマとは、「DMAIC(定義─測定─分析─改善─制御)」という5段階の手順で、製造、営業、研究開発、本社などあらゆる部門の業務の品質や効率などを改善する手法である。基本的な手順は、まずは解決すべき課題の本質的な問題が何であるかを部門横断型のプロジェクトチームで議論。続いて、その問題に関連するVOC(顧客の声)情報を徹底的に集めた後、統計的な解析法などを駆使してチームで論理的に議論し、対処法を考え出す。最後に、チームのメンバーが関連部署を説得して考案した対処法を実践してもらい、予測した財務効果を得られそうかどうか定期的に観察して修正する。つまり顧客志向を前提に、社内の様々な課題を解決するためのチーム活動の手順を規定したものだ。

 メルク本社は欧米企業のなかではシックスシグマの導入企業として後発組である。米ゼネラル・エレクトリック(GE)をはじめ金融業やサービス業でのシックスシグマの成功事例を見て、同手法を導入した。同手法の啓発に取り組んできた行縄室長は一般論として、シックスシグマを最近導入し始めた欧米企業の体質を次のように分析する。「欧米企業では、業務の専門性や自部門の利益を追求する志向が強く、全体最適の視点や他部門とのコミュニケーションが十分でないケースが多い。マネジメント層と現場の問題意識のズレについても、日本企業よりも硬直感が強い。また、どの企業も『顧客第一主義』と言うけれど、社員1人ひとりまで徹底できているところは少ない。こうした企業構造や文化を変える仕掛けとして、シックスシグマは期待されている」。

 万有製薬でも、全体最適の考え方を浸透させるのには時間がかかった。「当初はこの手法に懐疑的で、『うちにはうちの仕事のやり方がある。なじまない』という人もいた」と、行縄室長は振り返る。2005年からじっくりと実行リーダー育成に取り組んだ成果が、2007年に表れた。