感謝や称賛の気持ちを伝える手書きの名刺サイズのカード「サンクスカード」を考案したCS企画部などJALグループの社員
感謝や称賛の気持ちを伝える手書きの名刺サイズのカード「サンクスカード」を考案したCS企画部などJALグループの社員
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 「サンクスカードの導入後、悪天候で航空機の到着が遅れた時に機内清掃スタッフを手伝ったら、思いがけずカードをもらってすごく嬉しかったし、みんな仲間なんだと再認識した。客室乗務員はフライトの予定が不規則なので、他部門の人に感謝の気持ちを伝えづらい。例えばサンフランシスコ空港のスタッフにお礼を言いたくても、次に行くのは3年後かもしれない。でも、こういう仕組みがあれば感謝の気持ちをすぐに表せる」(JALインターナショナルの山本泉・客室本部客室サービス企画部品質管理グループキャビンコーディネーター)

 社員同士で讃え合う風土を醸成するために日本航空(JAL)グループが取り入れた仕組みが、実を結んできた。2006年4月に導入した「サンクスカード」の発行枚数が35万枚を超え、カード活用に伴う喜びの声がグループ内の至る所で聞こえるようになってきたのだ。

 2005年に続発した航空機の整備トラブルによる顧客の伸び悩みや原油高などが原因で経常赤字に陥り、自主再建中のJALグループ。短期的には、賃金や人員など固定費の削減、航空機サイズの適正化、高収益路線への集中など業績に直結する施策が重要だが、それだけでは業績が一時的に回復しても長続きする保証はない。安定的な成長軌道に乗るためには、会社の信頼回復と人材力の底上げが欠かせない。 

 そこで2005年度後半、航空事業子会社JALインターナショナルのCS(顧客満足)企画部の主導で「CS向上予算」を設けた。現場からCS向上につながる改善提案を常時募集し、提案の可否を2週間で決めて実行に移す体制にしたのである。さらに2006年4月、CS企画部は社員のCS意識と仲間意識をより一層高めるために、手書きで感謝の言葉を書き込める名刺サイズのカード「サンクスカード」をグループ全社に導入し始めた。

 CS企画部の中村智マネジャーは、「2005年に安全問題が頻発した時、部門間のコミュニケーション不足が浮き彫りになった。社内には閉塞感も漂っていたので、士気を高めるためにも部門を越えて褒め合うツールを導入しようという話になった。自分の仕事の前工程や後工程にも、それを支える社員がいると強く認識できたほうが仕事に心が乗り、マニュアルを超えたサービスにつながる」と、サンクスカード導入の狙いを説明する。

JALとJASの文化融合にも一役

サンクスカードの裏面のデザイン公募に当選したチーム
サンクスカードの裏面のデザイン公募に当選したチーム
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 JALは、カード導入に際してユニークな試みをしている。導入を各部門に強制していないことだ。「サンクスカードは風土改革が狙いなので、やらされ感をなくすことが大切。浸透に少しくらい時間がかかってもいい。業務命令ではなく主旨に賛同してくれた部署に口コミで広げている」と、CS企画部の浅香浩司マネジャーは説明する。

 カードを誰かに贈る条件として、ほとんど何もルール化していない点もユニークだ。「社内には『褒めたいことがあったらカードを渡して』とだけ伝えている」(浅香マネジャー)。まずはカードが自然とやり取りされる雰囲気を作ることを最優先したという。

 実はJALグループにはサンクスカード導入前から、国内外の各空港にある拠点や部門、グループ各社で、サンクスカード的な仕組みを独自に導入している組織もあった。しかし、組織を超えてカードをやり取りする機会はまれだった。そこで、カードを名刺大にして、常に携帯してどこでもすぐ渡せるようにしたのである。サンクスカードはさらに、合併した日本エアシステム(JAS)との企業文化の融合にも一役買っている。

 旅行事業子会社JALプラザに勤務する佐藤友香梨チケット事業部業務グループアシスタントマネジャーは、「グループ共通のツールができたおかげで、分社していてもいろんな人とコミュニケーションを取りやすくなった。休みの日に顧客として航空機に乗る時は、『何かあったら手伝いします』と客室乗務員に伝える目的でもカードを使っている」と笑顔で明かす。

 また、プロスポーツ選手や俳優などのトレーディングカードのように、贈っても集めても楽しい気持ちになるよう、裏面のデザインのバリエーションを増やし続けている。デザインは何度かグループ内で公募もしてきた。これもやらされ感をなくす工夫の1つだ。サンクスカードは役員も携帯しているが、役員からの「デザインが可愛らしすぎて、照れくさくて渡しづらい」という要望を受け、渋めのデザインを採用したカードもある。

 JALグループの総社員数は5万人を超す。サンクスカードは2006年4月の導入から1年半で、発行した35万枚のうち、1~2割が実際に使われたと推察される。

 CS企画部は、同様の仕組みを持つ東京ディズニーランドを研究するなど、讃え合う風土定着のための工夫に余念がない。例えば「サンクスディ」という日を設け、その日は普段お世話になっている人全員にカードを配るように仕向けたいと考えている。