アパレル大手の三陽商会が、2007年秋から立ち上げた雑貨ショップ「アン プリュス アン」(un plus un)のブランド展開に、ユニークな手法を取り入れている。新ブランドを作るに当たり、Emily(エミリー)とEmma(エマ)という架空の27歳女性2人の人物像を設定し、三陽商会の社員たちはEmilyとEmmaのライフスタイルに思いをはせながら、同ショップで取り扱う雑貨や店舗のデザインに取り組んでいるのだ。エミリーとエマが普段使う雑貨を陳列し、店舗は彼女たちが住んでいる部屋、というコンセプトである。

 マーケティング関係者の間では、架空の顧客像「ペルソナ」を綿密な調査を基に作り上げて、その像のために商品やサービスを設計するという手法が注目されている。アン プリュス アンで三陽商会がEmilyとEmmaを設定した取り組みはこのペルソナに似ている。ただし厳密には、顧客であるはずの日本人女性ではなく、外国人を設定したのでペルソナとはいえない。それでも、フェミニンとゴージャスという相反するイメージの商品群を1つのブランドで展開するために、細部まで作りこんだ人物像とストーリーを活用する考え方はペルソナ手法と同じだ。

2つの顧客像を軸にブランド作り

藤野一郎企画統括長
「ターゲット層を具体的に設定することで社内のコラボレーションが図りやすくなった」と話す、三陽商会事業本部生産戦略事業部アクセサリーディビジョン企画第三グループの藤野一郎企画統括長

 アン プリュス アンとは、フランス語で「1+1」を意味し、2008年1月現在で有楽町マルイなど4店に出店している。

 同社の生産戦略事業部アクセサリーディビジョンが雑貨ショップの立ち上げを模索し始めたのは2006年夏ごろ。丸井のファッション雑貨部と組んで開発を進めたところ「ロマンチックでかわいいものが好きなのんびりした女性」と「セクシーで快活なイメージの女性」という2つの顧客像が浮かび上がった。

 結局、その両方を取り込む形で、個性が異なる2人の女性が同居する部屋をモチーフにした店舗を作ることになった。三陽商会アクセサリーディビジョンの企画第三グループ企画統括長を務める藤野一郎氏は「気分や出かける場所によってグラマラスなものからシックなものまで使い分けてもらえれば」とあえて1人に絞らなかった狙いを明かす。

 ファッションブランドを立ち上げる際に、顧客像をプロファイリングすることは珍しくない。ターゲットにすべき消費者の職業、年齢、好きな雑誌、住所、価値観といったプロフィールをあらかじめ決めておき、関係者間で共有するのだ。三陽商会はこれを徹底した。

 まず、2人のプロフィールだ。Emilyは仏パリ出身で絵を描いたり、クラフトワーク(手工芸作業)が好き。旅先では美術館巡りやお気に入りの小物を探す。一方、米ロサンゼルスから来たEmmaは、開けっぴろげな性格で、休日はドライブやサーフィンを楽しむ。こうした基本的な設定を作っておき、それぞれのイメージに合う写真を海外の雑誌や広告から大量に集める。こうした写真で文章のイメージを補完する。

 新商品を作る際にはまず「サーカス」「ピクニック」「映画」といったテーマをまず決める。そして、テーマごとにストーリーを考える。例えば、2008年1月の新作は「Picnic Room」。外では雪が降っているのに春が待ちきれないEmilyは、部屋のなかでピクニックもどきを始めてしまう――といった具合だ。そして、ストーリーに沿った商品をデザイナーが作る。

 店舗の内装・陳列もこうしたストーリーを意識してデザインされる。売り場は2人がルームシェアをしている少し古いアパートの部屋を意識したものになっている。バッグや帽子、ネックレスといった小物も、商品棚に整然と並べられているわけではなく、ベッドやソファに置かれていたりする。

 三陽商会がこうしたペルソナに似た手法を使うことによるメリットはデザイナーの意思統一にある。通常、アン プリュス アンの規模のブランドだと3人の専属デザイナーが担当することになる。しかし、今回はアクセサリーディビジョンに所属する20人近いデザイナーが、それぞれほかのアパレルブランドの雑貨をデザインしつつ参加するという形を取っている。少数名だと意思統一は簡単だが、20人という大所帯になると当然難しくなる。EmilyとEmmaは、多数のデザイナーの知恵を集約しながらもブランドイメージを分散させない役割を果たしている。