デンソーが組織風土改革活動「デンソースピリット」に全社的に取り組んでいる。トヨタ自動車系部品メーカーとして8期連続経常増益という好業績を上げているが、規模の拡大と海外展開に伴い、トヨタ流の“カイゼン”風土が薄まる危機に直面。急増する従業員に価値観を継承する活動を展開している。「物語の活用」「共体験の場作り」など、大組織で浸透させるための工夫を凝らす。

 トヨタ自動車系部品メーカーのデンソーは2005年から、「先進」「信頼」「総智・総力」という3つのキーワードを柱とした「デンソースピリット」と呼ぶ価値観を定義し、全社に普及啓もうする活動を展開している。

 組織風土改革の効果を定量的に測定するのは難しいが、今年4~7月の発明改善提案件数は前年比5%増で推移している。提案数は従来から月間数万件と膨大だが、横ばい傾向だった。デンソースピリットが実践に結び付きつつある。

デンソー製のエンジン制御部品(パワトレイン機器、左)、エアコン部品(右上)、カーナビ(右下)
デンソー製のエンジン制御部品(パワトレイン機器、左)、エアコン部品(右上)、カーナビ(右下)

 「組織風土についても、まだまだカイゼンできるはずという考え方で始めた」(人事部デンソースピリット推進グループの坂元邦晴氏)。デンソーは8期連続で経常増益という好調を維持するが、危機感は強い。部品メーカーであるデンソーの工場では細かな手作業が多く、グループの従業員数は約11万人に上る。4年前に比べて26%増えた。約7割が生産関係の「技能職」に従事し、未成年で入社する人も多い。海外拠点で働く外国人もいる。組織が急拡大しても「トヨタ流」の風土が薄まらないようにする必要があった。

 「現場の目線で全体に響くものを作って広めるには、それなりのノウハウが必要になる」(坂元氏)。デンソースピリットは、キーワードの集合体で、「先進」「信頼」「総智・総力」の3つが核だ。さらに、先進は「先取」「創造」「挑戦」、信頼は「品質第一」「現地現物」「カイゼン」、総智・総力は「コミュニケーション」「チームワーク」「人材育成」という各3個、合計9個のキーワードにまとめた。カイゼンがカタカナなのは、単なる「改善」以上の意味合いを持たせるため。英訳は「Continuous Improvement(終わりなき改善)」とした。

 こうした価値観が浸透するにつれ、職場での会話や行動に変化が表れている。「先輩が後輩を指導する時に共通のキーワードで話せるので納得感が増した。『現地現物の観点で、現場に足を運んで話を聞く機会を増やした』『自分独りではなく、他者も巻き込んで仕事を進めるようになった』という声も聞く」(坂元氏)

 価値観を浸透させる活動はよくあるが、デンソーほどの巨大組織での事例は多くない。デンソーは価値観を明文化して終わりにするのではなく、浸透の手法確立に力を入れた。リクルートのフェローである野田稔氏(多摩大学教授)と、同社の「HCソリューショングループ」にコンサルティングを依頼した(詳細は同グループ編著『感じるマネジメント』=英治出版=を参照)。

●「デンソースピリット」をグループ11万人に広め、組織風土を改革
●「デンソースピリット」をグループ11万人に広め、組織風土を改革
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 リクルートは、「GEバリュー」という価値観が大組織に浸透している米ゼネラル・エレクトリック(GE)などの事例を参考にすることを提案した。ただしGEは、GEバリューを人事評価に組み込み、これが解雇につながるケースまである。「そのままではデンソーの風土に合わない」(坂元氏)と判断。そこで今年から、人事評価の目標設定時にスピリットに基づいた記述を入れる制度を導入し、緩やかな連動を図っている。

●デンソースピリット活動の流れとポイント
●デンソースピリット活動の流れとポイント
冊子は「カイゼン」などスピリットのキーワードごとに、「語り継がれる名言」「ケーススタディー」を示し、物語性を重視。日本語・英語だけではなく全17カ国語の冊子を用意
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