米国の自治体では、市内全域を無線LANでカバーしようという公衆無線LAN構想が相次いで立ち上がった。いくつか失敗事例が聞こえてくるようになったが、予定通り進んでいるケースも少なくない。ミネソタ州ミネアポリス市では、早ければ今年2月にもメッシュ型の公衆無線LANの整備が完了する。(石川 幸憲=ジャーナリスト)


崩落現場の写真
ミネアポリス市の高速道路橋崩落現場。
(c)ミネアポリス市

 昨年8月、ミネソタ州ミネアポリス市(人口38万人)で起きた橋の崩落は、ドギモを抜く惨事だった。夕方のラッシュ時で駐車場化していた8車線道路(州間高速道路35W号線)の橋が波を打つように崩れ落ち、60台の車がミシシッピー川に叩きつけられた(関連記事)。

 100人以上の死傷者を出す大事故だったが、救助・捜索活動の舞台裏で大きな貢献をしたのが同市で構築中のメッシュ型公衆無線LAN(Wi-Fi網)である。

公衆無線LANを核に行政サービスの向上を目指す

 「ワイヤレス・ミネアポリス(Wireless Minneapolis)」と呼ばれる公衆無線LAN構想がミネアポリス市で検討されたのは、2004年後半から2005年にかけてであった。150平方キロという市全域に公衆無線LANネットワークを張り巡らし、広域なホットゾーンを設置しようという野心的な計画だ。

ウィレンブリングCIOの写真
ミネアポリス市CIO
リン・ウィレンブリング氏


rClient社のファルスタッド代表の写真
ワイヤレス・ミネアポリスのコンサルティングを担当したrClient社代表のジェームズ・ファルスタッド氏

 意外に思われる方もいるかもしれないが、市当局の関心の第一はデジタル・デバイド(インターネット環境の格差)解消ではなく、あくまで行政サービスの向上にあった。ミネアポリス市CIOのリン・ウィレンブリング氏は、当時の経緯を振り返る。「ネットワークの構築は、市サイドのニーズに応えられることが求められた。そのための無線ネットワークだ。現場に出ている市職員がネットワークを使うためにはモバイル環境が必要だった」。

 市サイドのニーズとは、(1)公共の安全体制の強化と(2)行政サービスの向上であった。具体的には、警察官や消防士が犯罪、事故、火災や災害などの現場で高速ブロードバンドにアクセスできれば、GIS(地理情報システム)情報やビデオカメラからの動画などの大量データをノートパソコンにダウンロードできるので、任務の効率化になるわけだ。(ウィレンブリング氏によると「現在は通信カードを使っているが、受信が不安定だけでなく大容量の情報は読み込めない等の制約がある」という)。公衆無線LANが当然の結論になるわけだ。

 ちなみにミネアポリス市はGISを積極的に推進し、詳細な街路図はもちろん、高層ビルや民家の間取図などの膨大な地図情報がデジタル化されているので、消防士が火災現場に向かう途中で配電盤やガス管などの位置を確認しながら消火活動の段取りがつけられるわけだ。また警察官はパトカーで犯罪や事故現場に急行する際に、ノートパソコンの画面に現場付近の地図や容疑者の顔写真などを読み込める。

 行政サービスにはゴミ集配、道路の補修、街灯の整備、建築工事の検査や食品衛生の監視などが含まれるが、これらの分野はミネアポリス市のIT化の波に乗り遅れている、とウィレンブリング氏は指摘する。例えば、新築や改築の際に建築基準法のお目付け役になるのが市の検査員だが、旧態依然の仕事ぶりは時代遅れになっている。係員が建築現場に出向き工事が適法かどうかの検査をするが、その適否はレポートが市側から提出されるまで何日もかかっていた。その期間、工事作業はストップするので非効率な話である。検査員がノートパソコンを持ち歩けば、建築現場で必要な書類やデータを確認しながらレポートが書ける。また、どこからでも市役所の事務所に直接送れるので、格段に業務のスピードは上がることになる。

 ミネアポリス市の計画したWi-Fi網は、市内全域をカバーすることを絶対条件だった。アクセスできない地域が出れば、業務に支障が出るからだ。結果的に、それはブロードバンドによるインターネット接続が市内の全世帯で可能になることを意味する。Wi-Fi構想はデジタル・デバイド解消という配当も付いてきたわけだが、市ではさらに“隠れた配当”にも期待を寄せている。デジタル・デバイド解消によって、市民との双方向のやり取りを活性化させ、市役所の体質改善を図ろうと考えているのである(別項の市長インタビューを参照)。

 現在ミネアポリス市でインターネットを使っていない世帯は30%前後と推測される。「民間に任せきりにした結果、低所得層が住む地域にはブロードバンドが浸透しない現実が生まれた」――ワイヤレス・ミネアポリス構想の生みの親とされ、プロジェクトの初期からコンサルタントとして参加しているrClient社代表のジェームズ・ファルスタッド氏は語る。Wi-Fi網が完成すれば、市内全域がブロードバンド接続可能な環境となるので、デジタル・デバイド解消へ向けて大きく前進するが期待されている。