写真1●ザ・ペニンシュラ東京を運営する香港上海ホテルズでIT関連を統括するジェネラル・マネージャのシェーン・アイザック氏
写真1●ザ・ペニンシュラ東京を運営する香港上海ホテルズでIT関連を統括するジェネラル・マネージャのシェーン・アイザック氏

 9月1日に東京・有楽町で開業した高級ホテル「ザ・ペニンシュラ東京」。同ホテルは顧客サービスの質的な向上を狙い,NTTドコモのFOMA/無線LANデュアル端末「N902iL」を約450台導入した。ユニークなのは,宿泊客が自由に使えるように全客室に配備したこと。フロントの呼び出しやルーム・サービスの注文に使えるのはもちろん,ホテルの外に持ち出して携帯電話としても利用できる。

 ザ・ペニンシュラ東京を運営する香港上海ホテルズは,香港やニューヨークなど北米/アジアを中心に八つのホテルを運営している。同社インフォメーション・テクノロジ部門ジェネラル・マネージャのシェーン・アイザック氏は「第3世代携帯電話(3G)と無線LANのデュアル端末を採用したのは日本が初めて。他のホテルでも聞いたことがない」と誇らしげに語る(写真1)。


運用を工夫して客室にも配備

 香港上海ホテルズが東京での開業を決めたのは2003年ころ。その後,無線LANの全面導入や音声のIP化などの館内ネットワークの仕様を固め,デュアル端末の検討を始めたのは,NECから「N900iL」の提案を受けた2006年のことである。

 最初は,N900iLを導入して客室に設置すれば,ホテル館内では無線LANを利用したIP電話機,出先では携帯電話として宿泊客が自由に利用できるので顧客満足度の向上につながると考えた。「携帯電話であれば部屋の中を歩き回りながら通話できるだけでなく,レストランやバー,スパなど部屋の外に持ち出して活用できる」(アイザック氏)。また海外からの宿泊客に対しては,空港や駅で日本の携帯電話を借りることなく滞在期間中に携帯電話を使えるという利便性を与えられる。その後検討を進め,ホテルが開業する2007年9月に合わせてN900iLの後継機「N902iL」の導入を決めた(図1)。

図1●ホテル内のネットワーク構成
図1●ホテル内のネットワーク構成
ギガビット・イーサネットを利用したバックボーンはデータ系(インターネット接続)と音声系で分けた。NECの無線LANアクセス・ポイント「UNIVERGE WL1500-AP」を約450台導入し,全館で無線LANを利用できるようになっている。
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 ただし,部屋の電話機として携帯電話を配備するための作業は一筋縄ではいかなかった。

 まずN902iLのすべての機能を利用できるようにすると,宿泊客が勝手に設定を変えてしまう恐れがある。また,客室係の負荷も増える。宿泊客がチェックアウトした後には,宿泊客が登録した個人的な情報をチェックして削除しなければならない。万一作業に漏れがあればトラブルになる。このほか,N902iLの使い方に関する問い合わせが増えることも予想される。

 こうしたことから,宿泊客が利用できる機能は最小限に絞ることにした。具体的には,あらかじめ電話帳に登録されている各施設への発信,電話番号の手入力による交換機を経由する発信,ホテルからの着信だけである。メールやiモードは未契約となっており,iアプリやカメラ機能だけでなく,発着信履歴やリダイヤルも使えないようにした。「本来は,チェックアウト時に宿泊客に関する情報だけを自動的に消去するのが理想だ。ただし,NTTドコモの端末を勝手に改造するわけにはいかないので運用面でカバーすることにした。いずれも端末が標準で搭載するセキュリティ対策機能を使って実現している」(ネットワーク構築を担当したNEC 第二ネットワークソリューション事業部 流通・サービスネットワークソリューション営業部の森泰彦主任)。

外出先での外線発信はホテル経由

 外線通話はホテルの内外を問わず,必ずホテル内の交換機を経由する仕組みとした。ホテル館内は通常の携帯電話の操作と同じだが,外出先の場合は外線発信用の専用番号にダイヤルして交換機につなぐ。すると「プツプツと音が鳴るので,ここでかけたい相手の電話番号を入力する」(NECの森主任)。このような仕組みにしたのは,外線通話料を宿泊料の一部として宿泊客に請求するためだ。「FOMA網を介した外線の通話料をホテルが請求することは,NTTドコモの『回線再販』に該当するので勝手にできない。また,宿泊客のチェックアウト時に通話料を通知するようなサービスも提供されていない」(同)。

 前述のような仕組みにすればホテルまでの通話料はホテル側で負担し,交換機から公衆網を経由して発信した通話料を宿泊客に請求する運用が可能になる。外線発信用の交換機は発信者番号をチェックしてホテルの宿泊客であることを確認した上で代理発信し,どこにどのくらいの時間通話したのかを記録しておく。「ホテル館内からの発信と外出先からの発信で料金体系を分けて課金している」(NECの森主任)という。

ショート・メッセージで接客を迅速化

 N902iLは従業員にも配布した。顧客対応の迅速化を支援するためである。宿泊客のチェックイン/アウト,部屋の変更といったイベント情報を,従業員のN902iLにショート・メッセージを使って無線LAN経由でリアルタイム配信する(図2)。イベント情報には,洗濯物の預け入れ(バレー・ボックス),部屋の清掃(メークアップ・ルーム)などもあり,フロント・システムや客室内の操作パネルと連動して自動配信する仕組みになっている。

図2●NTTドコモの「N902iL」を従業員にも配布
図2●NTTドコモの「N902iL」を従業員にも配布
宿泊客のチェックインやチェックアウト,客室からの呼び出しなどのイベントに応じて従業員にショート・メッセージを送り,迅速な対応を促す。

 メッセージは「イベントの概要を示す記号+部屋番号+URL」という形式で通知される。従業員は記号と部屋番号を見ただけで即座に行動に移れる。例えば「VC」の記号は客室係の呼び出し(バレーコール),「M」の記号は部屋の清掃(メークアップ・ルーム)を意味しており,同時に表示された番号の部屋にかけつける。また,メッセージに含まれたURLをクリックすれば詳細を確認できるようになっている。

 メッセージの配信先はイベントの種類に応じて変わる。部屋の清掃であればフロアの担当者,VIPのチェックインの場合はフロアの担当者のほか,各部署のマネージャにも届く。さらに「日中は数人,夜間は1人といった具合に,時間帯でも配信先は変わる」(NECの森主任)。N902iLは一部の幹部を除いて複数の従業員で共有している。

 ショート・メッセージは上記イベントとは別に,配信サーバーからも手動で送信できる。従業員はWebブラウザで配信サーバーにアクセスし,電話帳から配信先を選んでメッセージを送れる。こうした仕組みは「ページャなどを利用して他のホテルでも以前から実現していた。今回,ショート・メッセージと無線LANを活用する方法に置き換えた」(アイザック氏)。