日本ビクターとケンウッドの資本業務提携など、家電メーカーが再編に動き始めた。その先駆けともいえるのが、ディーアンドエムホールディングスだ。2002年にデノンとマランツの合併で発足し、高級AV(音響・映像)ブランドを買収。サプライチェーンや間接業務の共通基盤上で、8ブランドを効率運営する。高級品市場に筋肉質の経営で食い込み、生き残りを図る。

デノン、マランツ、マッキントッシュなど8ブランドの高級AV機器をそろえる
デノン、マランツ、マッキントッシュなど8ブランドの高級AV機器をそろえる

 日本ビクターやパイオニアなどAVを主力とする家電メーカーが収益性の低さに苦しむなか、AV専業メーカーでありながら、2006年度の連結決算でシャープや松下電器産業にひけをとらない5.8%という高い営業利益率を上げたのがディーアンドエムホールディングス(以下D&M)だ。2002年に投資ファンドの米リップルウッドが、日本コロムビア(現コロムビアミュージックエンタテインメント)のオーディオ機器事業部門だったデノンを買収し、日本マランツと合併させて設立した。その後、スピーカーの「ボストン・アコースティック」やアンプの「マッキントッシュ」など、欧米の高級AVブランドの買収を重ね、現時点で8ブランドを展開する。売り上げは合併当時の約800億円から2006年度には約1000億円に拡大した。

 「合併しなければ、今ではデノン、マランツというブランドは存在していなかったかもしれない」。D&Mのチーフ・ストラテジー・オフィサーを務める本村直之執行役らは、D&Mの設立に当たって、高級AV機器事業に特化し、無線機器など不採算の非中核事業からの撤退を決断した。さらにサプライチェーンや間接業務の統合によるコスト削減や、営業組織再編による販売力強化によって、高級AVという小さな市場で高い収益を確保している。「日本ビクターとケンウッドの資本業務提携など、家電メーカーの再編が動き出した今、統合による生き残りの成功例として、D&Mへの注目度は高まっている」。岡三証券で家電メーカーの分析を担当する久保田一正氏はこう話す。

●共通の業務基盤で複数ブランドを展開し、コスト競争力を高めるとともに営業利益率を大きく向上させた
●共通の業務基盤で複数ブランドを展開し、コスト競争力を高めるとともに営業利益率を大きく向上させた
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業務統合を断行、30億円を圧縮

●グローバルな高級AVブランドの買収を積極的に推進
●グローバルな高級AVブランドの買収を積極的に推進
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 D&Mの改革は2段階で進められてきた。第1段階は2002年の設立直後から2004年までの事業集約フェーズだ。2社の販売拠点やアフターサービスセンター、パーツセンターを統合し、部品購買や物流業務の一本化も進めた。国内工場を整理して、ハイエンド製品に特化した福島・白河工場以外は、中国の工場に集約した。さらに経理や人事などの間接業務も合理化と統合を推進した。

 こうした一連の集約によって、2004年3月までに累計で約30億円のコスト削減を実現した。同時に、ブランドを横断した生産や顧客サポート、間接業務などの共通インフラを形成したことで、複数ブランドの事業展開を低コストで進める下地もできた。「販売拠点やアフターサービスセンターなどはいわば事業のプラットフォーム。これを活用して、買収した新ブランドを短期間で立ち上げる体制を整えた」と本村執行役は話す。

 デノン、マランツ、マッキントッシュの3ブランドを扱う東京・秋葉原の高級AV専門店テレオンの鈴木豊専務はこう話す。「修理や問い合わせの対応は、3ブランドとも共通のアフターサービスセンターで行うので、部品の供給が早く、顧客満足度も高い。少人数の輸入代理店が販売する海外ブランドと比較すると、サポートの質には明らかな優位性がある」

原価情報共有し、利益最大化に挑む

上級モデルを製造する白河工場では、セル生産方式を導入し、品質や社員のモチベーション向上を狙う
上級モデルを製造する白河工場では、セル生産方式を導入し、品質や社員のモチベーション向上を狙う

 コスト削減に成功したD&Mは、改革の第2段階として2004年から販売力の強化に着手した。そのために導入したのが、地域とブランドの2軸で構成する営業のマトリクス体制だった。アジアや米州、欧州などの各リージョン(地域)にセールス&マーケティング(S&M)カンパニーを設置し、各ブランドの担当チームが営業活動に当たる。各チームは、リージョンカンパニーに所属する一方で、縦割りのブランドカンパニーへの貢献も求められる。競合する製品を持つブランド間の競争を促進することで、売り上げを増やす狙いだ。

 ただしこの体制では、競合ブランド同士が食い合いを起こしたり、商品が特定のリージョンのニーズに偏り、ほかのリージョンでは売れなくなったりするリスクもある。これを回避するために、「リージョンのS&Mカンパニーのトップとブランドカンパニーのトップが綿密な話し合いを重ね、戦略のすり合わせをしていくことが必要となる」とデノン ブランドカンパニーのプレジデントを務める市川博文執行役は話す。

デノンブランドカンパニープレジデントの市川博文執行役は「意思決定のスピードが速まった」と話す   「マトリクス経営の基盤を活用して、新ブランドを育成する」と話す本村直之執行役
デノンブランドカンパニープレジデントの市川博文執行役は「意思決定のスピードが速まった」と話す   「マトリクス経営の基盤を活用して、新ブランドを育成する」と話す本村直之執行役

 こうしたすり合わせを円滑に進めるため、D&Mでは各商品の「原価情報」を共有している。生産段階の原価情報をベースに、ブランドとリージョンのトップが「何をいくらでいくつ売れば利益を最大化できるか」をシミュレーションし、地域ごとの製品の販売目標に落とし込んでいく。

 原価情報の共有とそれに基づくグローバルな販売戦略の検討は、一見シンプルな手法にみえるが、「これを実践している家電メーカーはほとんどない」と本村執行役は話す。家電メーカーでは一般的に、各地域の販売会社が本社からの出荷価格、すなわち「仕切り値」をベースに販売計画を立てている。統合前のデノンやマランツもそうだった。「仕切り値を前提に、地域内の売り上げや利益を最大化する戦略を考えるのは比較的シンプル。これに対して、全社最適化という視点が入ると、販売戦略は複雑になる。この抵抗に打ち勝って、原価をベースにした販売戦略の検討が可能になったのは、統合を契機に従来の仕事のやり方を見直そうという経営トップの強いリーダーシップが働いたから」と市川執行役は振り返る。

 仕切り値を採用していた時代には、仕切り値を割る価格設定はできなかったが、原価情報に基づいてリージョンとブランドのトップが話し合う体制になった現在は、弾力的な対応が可能になった。「ブランドが浸透し、ファンが多い地域では十分な利幅を持つ価格設定にする一方で、新規に開拓する地域では原価に近い価格を採用して顧客層の拡大を図る。地域の枠を超えて市場を統合することで、確実に開発コストを回収できるようにした」(本村執行役)。各リージョンの評価も、利益を重視する方針に変わった。

●地域とブランドの2軸でマトリクスを形成
●地域とブランドの2軸でマトリクスを形成

 こうした工夫によって、デノン、マランツ以外のブランドも順調な成長を遂げている。例えば高級アンプを主力とする「マッキントッシュ」は、デノンやマランツと競合する製品がありながらも、日本市場では2006年度に前年度比約8割の売り上げ増を達成した。

 製造面では、ブランド間で部品を共通化してコスト削減を推進するほか、複数ブランドの製品を効率よく組み立てるため、セル生産方式を導入した。1人の従業員が製品の完成までを担当し、完成品にイニシャルを自筆記入するなどしてモチベーションを高め、作業の効率や信頼性を向上する。製造現場と各ブランドの開発チームとの連携も密にし、開発チームが「組み立てやすさ」を視野に入れて商品設計を行うことで、製造時間を短縮した。例えばデノンブランドの機種では、新モデルへの切り替えによって製造時間が、15~23%短縮するという効果を得ている。

 「今後も年1~2件の買収によって、売上高で10~15%、営業利益では15~20%の成長を狙う。業務用や車載用の市場も拡大する」(本村執行役)という戦略を打ち出すD&Mだが、過去には失敗もある。2003年に買収した携帯オーディオプレーヤー「リオ」は、アップルの「iPod」の急成長に押されて収益が悪化し、2005年に売却するまで赤字を垂れ流した。「共通業務インフラとの親和性も見極めながら、シナジーの大きなブランドを見いだしていく」と本村執行役は力を込める。