大阪ガスは2006年初頭に,FOMA/無線LANデュアル端末「N900iL」を約6000台を導入した。

 全社を上げてモバイル・セントレックスに取り組むという先端的な試みに乗り出した狙いは,同社が目指すワーク・スタイルである「ユビキタス・オフィス」を実現するためだ。社内や社外を問わず,いつでも自分のオフィスにいる時と同じように情報にアクセスし,情報発信できる環境を作ろうと考えたのである。

 これを実現するには,社外では携帯電話,社内では無線LAN経由の内線用IP電話として使えるN900iLがうってつけだった。同時期に4000台の固定IP電話も導入したが,こちらは会議室やグループなど,代表番号着信用途で使っている。

 モバイル・セントレックスとIP電話の大規模導入に併せて,WAN環境も見直した。専用線から広域イーサネットに切り替えたのだ。結果的に,音声通信やデータ通信など年間の通信コストを,トータルで数億円も減らすことに成功。業務の効率化とコスト削減を同時に実現している。

後継機のN902iLを試験導入

 N900iLを全社展開してから1年後,早くも大阪ガスは,N900iLの後継機であるN902iLの試験導入を始めた。N900iLをN902iLに全面切り替えするための布石である。「後継機が出てきた以上,N900iLはいずれ販売されなくなる。N902iLへの切り替えを視野に入れ,使い勝手がどう変わっているのか,無線LANのアクセス・ポイント(AP)の設置場所を変更しなくて済むかなどを検証しておく必要がある」(大阪ガス 情報通信部情報サービスチームの伊津野貴彦課長,写真1右)。

写真1●大阪ガス情報通信部情報サービスチームの伊津野貴彦課長(右),同インフラ技術チームの高畑彰司副課長(中央),同インフラ技術チームの松井宏樹担当(左)
写真1●大阪ガス情報通信部情報サービスチームの伊津野貴彦課長(右),同インフラ技術チームの高畑彰司副課長(中央),同インフラ技術チームの松井宏樹担当(左)

APの設置位置は変更なし

 8月末時点で,大阪ガスが使っているN902iLは約130台。N902iLの試験導入は二段階にわたって進めた。

 まず2月中旬に,大阪ガスでネットワークやシステムの構築・運用を担当する「情報通信部」に約30台を導入。エンドユーザーに配布する前に,N902iLを日常業務に使っても支障がないかどうかを確認するため,週末を使ってN902iLの機能を評価・検証することにしたのだ。

 N902iL導入に向けた最大の懸念は,APの設置位置を変えなければならないかどうかだった。「N900iLの導入時に最も苦労して時間をかけたのは,APを適切な位置に設置して,オフィス内で不自由なく電話を使えるようにすること。APの設置位置を変えるのは骨が折れるので,気になるポイントだった」(伊津野課長)。

 検証の結果,N902iLに変えても,特にAPの設置位置を変更する必要がないことが分かった。そこで3月末,試験導入を他部署のユーザーに広げ,100台を追加して検証作業を続けた。

いくつも確認できた端末の改善点

 試験導入で確認できたN902iLの改善点は,(1)バッテリーが長持ちするようになった,(2)ボタン操作のレスポンスが向上し,アプリケーションをスムーズに動かせるようになった,(3)電波のキャッチの仕方が変わり,複数のAPから条件の良い電波を拾えるようになった,(4)端末が発熱する問題が解消された,(5)端末のロックなどのセキュリティ機能が使いやすくなった──の5点である(図1)。

図1●大阪ガスによるN902iLの評価
図1●大阪ガスによるN902iLの評価
N900iLと比べて,(1)バッテリー,(2)ボタン操作のレスポンス,(3)アクセス・ポイントの切り替え,(4)発熱問題,(5)セキュリティ・ロックの機能──が改善されている,という。

 N902iLのバッテリーは,携帯電話の待ち受け時間が,カタログ・スペックで約500時間とされており,N900iLの約350時間を大きく上回っている。「実際に使ってみたが,確かに長持ちするようになっている。特に営業人員が使う場合,この点は重要だ」(情報通信部インフラ技術チームの高畑彰司副課長,写真1中)。

 従来機種であるN900iLの端末のボタン操作のレスポンスが遅い点は,大阪ガスだけでなく,多くのN900iLユーザーが指摘していた。これが「N902iLでは,ボタン操作の反応時間がほとんど気にならないレベルになった」(高畑副課長)。操作性の向上にかかわるユーザー・インタフェース部分の改善であるため,エンドユーザーからの評価はとても高かったという。

 無線LANの電波のキャッチの仕方については,待ち受け時と通話時のハンドオーバーのタイミングが変わっていることが確認できた。端末を持ってオフィス内を移動している際,N900iLの場合は待ち受け時と通話時でAPが切り替わるハンドオーバーのタイミングが同じだった。「N900iLは,最初にキャッチしたAPの電波をできるだけつかんだままにする仕様だった。切り替わるタイミングは待ち受けでも通話中でも変わらなかった」(伊津野課長)。

 N902iLでは,この切り替えのタイミングに変更があった。待ち受けのときは,より近くのAPの安定した電波をキャッチしようとする。オフィス内を歩いていると早めにハンドオーバーするのだ。

 ところが,通話しながら移動する場合は,着信時につかんでいたAPの電波をできるだけ使い続け,通話中のハンドオーバーを最小限にしようとする動きがあったという。「通話中にハンドオーバーを繰り返すと,通話が不安定になる可能性が高くなる。待ち受け時はいい電波をキャッチできるようにこまめにハンドオーバーし,通話時は安定するようにできるだけAPの切り替えを避けるという設計に変えたのではないか」と伊津野課長は推測する。

 またN900iLは,長時間の通話をしていると,端末の耳に当たる部分が熱くなることがあった。大阪ガスでは大体,10分~15分通話を続けると,この現象が見られたという。それが,N902iLではなくなった。「少なくとも,15分程度の通話では熱くならない」(伊津野課長)。

 さらにN902iLは,ユーザーが着信履歴や電話帳などを閲覧した後,自動的にロックがかかる機能を備えた。端末紛失時などの情報漏えい対策に有効で,ユーザーがロックをし忘れた場合やロックをかけるのを面倒に思うユーザーにも対処できる。