コピーやプリンタなどの複合機を開発する東芝テックの画像情報通信カンパニーは,静岡県三島市の拠点と中国・広東省深セン市の拠点にWAN高速化装置を導入した。2006年5月に稼働させて以来,1年以上停止することなく使い続けている。

 WAN高速化装置によって,拠点間のスループットは約6倍と大きく改善した。その結果,設計部門に所属する社員の業務の進め方が変わり,設計・製造ラインの生産性が高まった。

 導入したのは,米リバーベッドテクノロジーの「Steelhead 510」。導入費用は約400万円である。日本ダイレックスがインテグレーションを担当した。

帯域増強でレスポンスが改善しない

写真1●東芝テック画像情報通信カンパニーの伊藤卓郎システムLSI・設計支援部グループ設計支援担当グループ長(写真左)と渡辺敏システムLSI・設計支援部グループ設計支援担当主務(同右)
写真1●東芝テック画像情報通信カンパニーの伊藤卓郎システムLSI・設計支援部グループ設計支援担当グループ長(写真左)と渡辺敏システムLSI・設計支援部グループ設計支援担当主務(同右)

 東芝テックの複合機の製造拠点は深セン市にある。2002年から,三島の設計部門が作成したCAD(computer aided design)の図面データを国際IP-VPN経由で深センに送っている。

 毎日夜間に送る図面データの枚数は月間3000枚以上。送信容量を減らすため,CADデータをTIFF(tagged image file format)画像などに変換して伝送しているが,それでも容量は数Gバイトに及ぶ。さらに,「取扱説明書の印刷用データなどもネットで送るようになった」(伊藤卓郎システムLSI・設計支援部グループ設計支援担当グループ長,写真1)。その結果,夜間にデータを伝送する手法では処理が追いつかなくなってきた。

 伊藤グループ長は対策として,三島と深センを結ぶ回線の帯域増強を検討した。そして2004年には,設計部門が利用できる帯域を768kビット/秒から1.75Mビット/秒へと増やしてみた。

 ところが,帯域を増強してみてもレスポンスは改善しない。FTP(file transfer protocol)のスループットを計測したところ,300k~400kビット/秒しか出ていないことが判明した。

 原因は日中間の往復遅延時間にあった。TCP通信では,受信側がパケットを正しく受信するとACK(受信可)信号を返信する。送信側はこのACKを受け取ってから次のデータを送る。このため,遅延が大きければACK受信に時間がかかり,帯域を増強してもスループットは改善されない。

 遅延時間を計測すると,三島-深セン間は約80ミリ秒だった。本社がある東京と三島の間は5ミリ秒であることから,80ミリ秒という遅延はかなり大きなものであることが分かる。

同一データの送信時間は10分の1に

 対策に悩んでいたころ,伊藤グループ長はWAN高速化装置の存在を知った。WAN高速化装置はプロトコルの最適化機能やキャッシュを駆使して,WAN経由の通信の遅延の影響を抑えてレスポンスを改善する装置である。

 ただし当初は,「インテグレータの説明を聞いても半信半疑だった」(伊藤グループ長)。そこで帯域や遅延時間を模したデモ環境を2005年11月に構築し,FTPの伝送時間を計測してみた。デモの結果は良好だった。WAN高速化装置を利用すると通信時間が約半分になったのだ。そこで今度は,実際の拠点にWAN高速化装置を持ち込んで効果を試すことにした。手続きの問題などで時間を要したが,2006年3月に実験にこぎ着けた。

 実環境での計測ではさらに良好な結果が出た。TIFF画像や「AutoCAD」の図面ファイル,テキストなどが混在する116MバイトのデータをFTPで伝送したところ,通信時間はWAN高速化装置を導入する前の約6分の1にまで短縮できた(表1)。同一データを2回,3回と送った際には,10分の1以下になった。WAN高速化装置のキャッシュが効果を上げたためと見られる。

 この結果に満足した東芝テックは,実験に使った装置をそのまま購入し,現在に至っている(図1)。

表1●東芝テックが計測したWAN高層化装置の効果
FTPで116Mバイトのデータを転送して計測した。その結果,スループット換算で400kビット/秒程度から2M~4Mビット/秒相当に改善した。各拠点の回線の通信速度は1.75Mビット/秒。
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表1●東芝テックが計測したWAN高層化装置の効果


図1●東芝テックは静岡県三島市と中国の拠点にWAN高速化装置を設置
図1●東芝テックは静岡県三島市と中国の拠点にWAN高速化装置を設置
三島市の設計部門が,コピー機の図面データを中国の製造拠点に短時間で送る目的で導入した。
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1日に4.5G相当のデータを送受信

 東芝テックでは,WAN高速化装置を適用を設計部門のFTPに限っている。理由は大きく二つある。一つは他部門の通信にも適用するには,各アプリケーションの動作検証が必要になること。もう一つは,設計部門の別アプリケーションではあまり効果が得られなかったことだ。

 実際のところ,深セン拠点のクライアントが三島拠点のサーバーが管理する図面データに直接アクセスできるようにすれば,図面を中国に送らずに済むのでデータを複製されてしまうというリスクをなくせる。そこでクライアント/サーバーでの通信を実行してみたが,WAN高速化装置導入後も実用に堪えなかった。同社は図面データを管理するシステムに米UGSの製品を使っている。同システムで使われているプロトコルには,WAN高速化装置の最適化機能が対応していなかった。

 高速化対象をFTPに限定しているとはいえ,WAN高速化装置を介してやり取りするデータ量はかなり多い。2007年5月を例に取ると,15.5Gバイト程度をやり取りしていた。「1日で4.5Gバイト相当のデータを送受信することもある」(渡辺敏システムLSI・設計支援部グループ設計支援担当主務)。

製造ラインの生産性向上を達成

 WAN高速化装置を導入して以降,設計部門の社員の業務の進め方が大きく変わった。例えば,図面データを業務時間中に伝送することが増えた。WAN高速化装置の導入前は半日がかりだったデータの送信が,1時間程度で済むようになったためである。

 業務時間中にデータを伝送し,その日のうちに製造ラインに指示を出せるようになった。「中国から図面データのミスの報告を受けた際も,直ちに修正したデータを再送できる。製造ラインを止める時間が短くなったので,生産性が高まった」(渡辺主務)。

 一度送ったデータを修正して再度送るような場合,2回目の送受信処理はごく短時間で終了する。WAN高速化装置がバイト単位のキャッシュ機能を備えているためだ。ファイルが全く同じでなくとも,一部のデータが一致すればキャッシュは効果を発揮する。

 今後同社は,インドの設計拠点にもWAN高速化装置を展開したいと考えている。日本-インド間の遅延は通常の経路で200ミリ秒あるという。WAN高速化装置は一般に遅延が大きな環境ほど効果が現れる。日本-インド間は,日中間以上のレスポンス向上が期待できそうだ。