●未来工業の概要と業績(連結)
●未来工業の概要と業績(連結)
[画像のクリックで拡大表示]

年間140日もの休日。仕事は午後4時45分までで残業禁止。「ホウ(報告)・レン(連絡)・ソウ(相談)」は禁止して現場に権限を大胆委譲。スイッチボックスで圧倒的なシェアを握る未来工業は、「反常識が大手との差別化」と話す創業者の信念で突き進んできた。年間1万件を超える改善提案は社員が「常に考える」を実践する証しだ。

 東海道新幹線の岐阜羽島駅から車で数分の地に、全国の中小企業経営者がこぞって訪れる企業がある。電設資材メーカーの未来工業だ。電気スイッチの内側に取り付けられるスイッチボックスでシェア80%を握る。創業者の山田昭男取締役相談役は北海道から沖縄まで講演に引っ張りだこ。社内にハングルで書かれたあいさつ文が張られている。最近は韓国からの見学者も多いからだ。2007年3月期(連絡)は、売上高が前年同期比8.4%増の324億6000万円、営業利益は同24.2%増の47億6400万円を計上。営業利益率14.7%という高い収益性を誇る。企業見学の隠れたメッカになっている未来工業だが、決して教科書的な模範経営がなされているわけではない。むしろ「反常識」(山田相談役)こそが同社の強みだ。

家業をクビとなり創業

 未来工業には普通の企業にあるものが無く、無いものがある。例えば、営業のノルマ、残業、「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」の習慣、工場の作業服が無い。一方、社員に残業を禁止しているにもかかわらず、年末年始に約20連休、お盆とゴールデンウイークの10連休を含めて年間の休日はおよそ140日もある。有給休暇は別に取得できる。それでも給与水準は「地域で一番になるように設定している」。

 この不思議な経営の原点をたどれば1965年の創業に行き着く。父親が興した電気設備資材メーカーで働いていた山田相談役が勘当同然にクビになったのがきっかけだ。クビの理由は、座長と舞台監督を務めていた劇団の活動に熱を上げ過ぎたことだった。「17年も働いたのに退職金は出なかった」と振り返る山田相談役は、現在会長を務める清水昭八氏ら劇団仲間3人を誘い、独立。社名は劇団名「未来座」から取った。

 創業時から作り続けているスイッチボックスはサイズや材質が法律で定められている。さらに当時は松下電工が圧倒的なシェアを握っていた。最後発の未来工業は正攻法で戦っても勝ち目はない。そこで商品開発では常に顧客の声に耳を傾け、斬新なものでなくても既存製品より確実に便利な機能を加えた商品を発売してきた。

本社工場でも様々な改善が提案されている。改善された工程には証拠として「提案マーク」シールが張られている。右下が主力製品のスイッチボックスと電気工事用ナイフの「デンコー・マック」
本社工場でも様々な改善が提案されている。改善された工程には証拠として「提案マーク」シールが張られている。右下が主力製品のスイッチボックスと電気工事用ナイフの「デンコー・マック」

 例えば、樹脂製のスイッチボックスは壁に埋め込んだ後に場所が分からなくなることがあった。同社ではアルミ箔を張ることで金属探知機で見つけやすくした。「法律で許されている範囲内で顧客が喜ぶちょっとした工夫を盛り込む」という方針は、創業から20年で2000件ほどの実用新案や意匠権などの工業所有権数に上ったというから徹底している。スイッチボックスはもともと単価が低い。競合他社はいかに生産コストを下げるかに腐心しているなか、未来工業は少し高いが特徴ある製品で顧客の心をつかんでいった。

中身を問わず500円

 販路開拓にも山田流の反常識の思想が見える。電気設備資材の業界には当時からおよそ10社の第1次問屋と約3000に上る第2次問屋がある。同社は常に第2次問屋への販売を優先してきた。中間マージンを省くためだったが、最終的なユーザーである工事業者に近づくという目的もあった。現場のニーズを知り、商品開発に生かすためだ。第1次問屋と取り引きする常識を疑った成果だ。

 アイデアマンだった山田相談役は、企業の成長につれて増える社員に対しても、常識を疑い、顧客のために工夫し続ける姿勢を求めた。だが、「ただ工夫せよ」と言っても努力には限界がある。自然と社員が工夫や改善を考える習慣を身につけさせるために生まれたのが「報奨金制度」だ。

 未来工業では提案内容を吟味する前に、提出しただけで500円が現金で支払われる。改善提案という行為のハードルを下げるためだ。採用されれば1万~5万円もらえることもモチベーションになるだろうが、とにかく山田相談役は「常識や現状を疑ってかかれ」というメッセージを投げ続けた。それは現在、社内の至る所に張られている「常に考える」という合言葉に表われている。提案件数は年間1万件を超える。

●社員のやる気向上が改善につながる
●社員のやる気向上が改善につながる

 社員のアイデアを引き出す報奨金制度は、多くのヒット商品ともに同社独特のコスト削減の意識にもつながっている。300人以上が働く本社にはコピー機は1台しかなく、50枚以上のコピーを取る場合は輪転機を使うことになっている。各種の会議では資料が配布されず、参加者は事前に回覧で目を通しておくようにしている。

本社に隣接している大垣工場。社内の至る所に「常に考える」の看板がある。常識を疑うことが奨励されている
本社に隣接している大垣工場。社内の至る所に「常に考える」の看板がある。常識を疑うことが奨励されている

 自分の机の上にある蛍光灯からはひもがつるされており、先端に名札がついている。席を立つ際には必ず消す。社員がいない席を照らす必要はない。工場で働く社員に作業服は支給されない。代わりに作業服代を渡される。安全に作業するための服装は各自が「常に考える」のだ。こうした地道なコスト削減は、自称「日本一ケチな経営者」の山田相談役が作った社風によるところが少なくないだろうが、一般的な企業でのコスト削減と違い、社員はむしろ楽しんでいる。どの案もトップダウンではなく、社員が提案したものだからだ。

赤字製品が利益を運ぶ

 こうしたケチケチぶりだけが高い収益率とシェアを生み出したわけではない。「顧客のためになるコストはいくらでもかけろ」と山田相談役は言ってきた。それを物語るのが、同社製品のラインアップの多さだ。競合他社はスイッチボックスをボリュームゾーンの数種類に絞り込む一方で、未来工業は80種類以上を販売。年間に数個しか売れない商品のために数百万円の金型を投資することもある。それでも「こんなものまであるのか」という驚きが顧客をリピーターにする。電気設備の工事に使われる資材を中心に現在取り扱う商品の数はおよそ1万6000点。「赤字の製品でも作り続けることで顧客は喜び、全体では黒字になる」

 「大手と同じことをやっても追いつけない」と突き進んできた山田相談役のやり方は、「差別化が目的だった」という。社員に多くの休日を与えて、残業を許さず午後5時前に帰宅させるのもサービス残業を常態化させている企業の常識を嫌ったものだ。「25%の割増金を払ってまで残業させるより、限られた時間に集中させるほうがよい」。「ホウ・レン・ソウ」という一般企業での常識も未来工業は通用しない。報告する本人が一番状況を把握しているのだから即座に自分で判断せよ、ということだ。全国には本社が知らないうちに設立が決まった営業拠点がたくさんある。最終的には社長の承認が必要だが、各地の社員が判断することでスピードを生んだ。「社員の力を100%引き出せば成果は後からついてくる」ので目標は立てさせない。そのための140日もの休日と残業禁止だ。

 現在は経営の一線を退いた山田相談役は全国を行脚しながら自社の経営について話をするが、感心されてもあまり同意を得られないのが不満だという。信じている常識や長年の商習慣は本当に顧客のためになっているのか、会社に利益をもたらしているのか。「それさえ常に考えれば会社は赤字になんてならないのにね」

単に反対をするだけでなく、「常に考える」
山田昭男 相談役
山田昭男 相談役
やまだあきお氏●1931年、上海生まれ。旧制大垣中学校を卒業後に山田電線製造所に入社。65年に未来工業を設立。91年、名古屋証券取引所第2部に上場。2000年から取締役相談役

 今年の株主総会は仏滅の6月20日。反常識だから毎年わざわざ仏滅に開いてきた。この前、大手証券会社の担当者に「未来工業は買収対策はしなくていい」と言われた。「なぜだ」と聞いたら「こんな変わった会社を乗っ取っても経営できる人間はいないだろう」と。

 4人で作った会社が、大手に立ち向かうんだから当たり前のことをやっても仕方がない。反常識なのはそれが差別化になると信じてきたからだ。値下げに走らず従来より高い製品を売ったり、競合他社が商品の種類を絞り込むなか、ラインアップを増やしたり。第1次問屋と付き合うほうが楽でも第2次問屋に売ってきた。

 単に世間の反対をするだけでなく「常に考える」ことが大切。提案制度もそうだし、QC(品質管理)活動は始めたのは30年前だ。やる気を出してもらうために休日を多くしてきた。年末年始に20日間休むと決めた時には社内からも「販売機会の損失になるし、お客様が困るだろう」と反対が起きた。そこで全国の支店の倉庫の鍵を3000社分作って配ろうとした。休んでいる間は勝手に持って行ってもらおうと。残念ながらこの案は実行できなかったが、性善説を信じてきた。「ホウ・レン・ソウ」を禁じたのも同じ理由。現場のことは現場が一番知っている。自分は相談役だけど、社員に「相談するな」と言っている。(談)