卑弥呼の婦人靴販売店
卑弥呼の婦人靴販売店
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 婦人靴大手の卑弥呼が新社長の指揮の下、販売チャネルの改革に乗り出している。従来からの主要チャネルである百貨店に加え、2008年夏以降にはファッションビルや駅ビルへの進出をうかがっている。

 2007年4月に同社が実施した1500人規模の顧客アンケート調査やグループインタビュー(6人1組のグループに合計6回)の結果によれば、卑弥呼のターゲットである女性客のうち、約15%は依然として百貨店で靴を購入しているものの、約25%はファッションビルや駅ビルで靴を購入していることが分かった。靴購入時の女性客の百貨店離れが顕著になっており、卑弥呼の年間売上高も約100億円で横ばいが続いていることから、卑弥呼は新たな販路の開拓を迫られている。

 卑弥呼の調べによれば、百貨店での婦人靴の販売額は年間約2000億円と想定される。だが、全チャネルを合計すれば、その5倍の1兆円の市場規模があるという。卑弥呼の主要顧客である「就業女性」の人口は約2600万人と、この25年で25%増えており、働く女性という視点に立てば、少子化の影響を受けていない。つまり、ほかのチャネルを開拓すれば、まだまだ卑弥呼が成長できる余地があるわけだ。

 最近の女性客は卑弥呼のような靴専門店よりも、ワールドなどが運営するアパレル店やユナイテッドアローズなどに代表されるセレクトショップで、衣服に合わせて靴まで一緒に購入する傾向が強まっている。そのため、有力なアパレル店やセレクトショップが入店するファッションビルや駅ビルに、婦人靴の顧客も集まるようになってきた。もはや、「こうしたチャネルを無視するわけにはいかない」(進士裕志・常務取締役)。

 女性客の靴への購買意欲も、決して下がっていないことが分かっている。女性に「こだわりのアイテム」を尋ねると、年代を問わず、必ず上位に靴が入る。靴で個性を表現したがる女性が多い証拠だ。女性が1年間に購入する靴の数も平均4足(夏のサンダル、冬のブーツ、春と秋のパンプス)で変わっておらず、ここにも卑弥呼の成長の余地を確認できる。

ブランドの指名買いは、女性客のわずか4%

 今回の調査では、興味深い結果が出ている。卑弥呼の主要チャネルである百貨店で靴を買う女性のうち、「あらかじめ購入するブランドを決めて、百貨店の靴売り場に来店している人」は、わずか4%しかいないというものだ。実に80%以上の人が靴売り場に来てから、商品やブランドを選んでいるという。購入するブランドへのこだわりが非常に強いかばんなどとは違い、婦人靴は顧客のブランドに対するこだわりが低い。大事なのは履き心地や個々のデザインだ。

 実際、多くの百貨店の靴売り場は、複数のブランドの商品が混在し、サイズ別に陳列された「平場」が増えてきている。卑弥呼のブランド認知度は女性客の約65%と、靴ブランドではトップの数値を示しているが、平場では卑弥呼が自社ブランドをアピールしていくのは容易ではない。百貨店業界の再編の波も押し寄せており、百貨店の靴売り場は卑弥呼にとって決して安泰な場所ではないのだ。卑弥呼がこのタイミングでファッションビルや駅ビルへの進出を検討するのは、そうした理由からでもある。

 百貨店の靴売り場は、卑弥呼の都合だけで陳列方法などを変えるのが難しい。卑弥呼がこだわる左右両足の靴をそろえて売り場に並べる「両足陳列」も、限られた売り場スペースに数多くの商品を片足分だけで並べていきたい百貨店側の都合で「片足陳列」への変更を余儀なくされる場面が出てきている。片足陳列は顧客にとって商品の選択肢こそ増えるが、試し履きをしようと思えば、必ず店員を呼んで、もう片方の靴を在庫ルームから持って来てもらわなければならず、対応に時間がかかるデメリットがある。それだけ顧客は店頭で待たされるわけだ。週末などの混雑した靴売り場では、店員を呼び止めるだけでも一苦労である。

 一方、両足陳列をすると、顧客が靴を履いたまま売り場から逃走する盗難が増えるという企業側のデメリットが付きまとうものの、顧客は店員を呼ばなくても自分のペースでその場で自由に試し履きができる利点がある。卑弥呼は両足陳列にこだわりを持ち、顧客に好評を博してきた実績がある。ファッションビルや駅ビルのテナント店なら、卑弥呼の裁量で自由に両足陳列を貫ける。

 卑弥呼は2007年6月、創業以来34年間に渡って同社の社長を務めた創業者の柴田一氏が会長に就き、代わって稲田将人氏が社長に就任したばかりだ。マッキンゼー・アンド・カンパニー出身の稲田社長はワールドやロック・フィールド、AOKIホールディングスなどで販売改革にかかわってきた流通のプロ。稲田社長は社員に年間の「MD(マーチャンダイジング)マップ」を示したり、売り場での顧客の動線の確保を具体的に指示するなど、既に売り場改革に着手し始めている。

 これまで卑弥呼は単品を少ロットで生産し、無駄な在庫は持たずに売り切っていく「鮮度経営」を企業の根幹に据えてきた。1年を24の季節に分解し、少ロットの新商品を24の季節ごとに次々と投入して、旬を逃さずに売り切る独自の「24節気MD」の徹底だ。だがこれだと、単品ごとの在庫が少ないので、特定の単品がすぐに売り切れてしまい、在庫があればもっと販売できた分が売り逃しになるという欠点もあった。加えて、最近は靴の生産委託先が少ロットの受注を嫌う傾向が強まっている。こうした課題にどう対処していくかも、新社長の手腕が問われるところだ。