2004年に豊田自動織機と資本提携した富士物流。 富士電機ホールディングスの連結子会社から外れた同社が、グループ外からの受注を強化中だ。 資本提携を機に豊田自動織機から人材を招へいし、トヨタ生産方式の改善を進めてきた。 物流センターの原価ともいえるセンター運営費を削減することが狙いだ。 3年間の改善活動の結果、年間6億円の原価低減に貢献している。

 トヨタ生産方式を導入して改善活動に取り組む企業は多い。物流センター運営の効率化を目指してトヨタ流の改善に取り組むのが、富士物流だ。

川崎市にある京浜物流センター(右)。まっすぐな白線が引かれ、整理整頓が行き届いたセンター内
川崎市にある京浜物流センター(右)。まっすぐな白線が引かれ、整理整頓が行き届いたセンター内

 この取り組みの狙いは、顧客企業の物流業務を受託する3PL(サード・パーティー・ロジスティクス)事業の強化である。3PLとは、倉庫管理や在庫管理といった物流に関する業務を一括して受託する事業。同社が3PLに乗り出したきっかけは、2004年に親会社であった富士電機ホールディングスと豊田自動織機の資本提携である。富士電機ホールディングスの株式比率が52%から28%に低下し、連結子会社から外れた。それまでは富士電機グループ内の物流を中心に事業を展開すればよかったが、グループ依存からの脱却に迫られたのだ。

 資本提携先である豊田自動織機は、トヨタグループの源流企業。同社から人材を招へいし、トヨタ生産方式の考え方を取り入れることにした。倉庫運営にかかる費用は、人件費が多くを占める。同社は、生産工程におけるトヨタ生産方式が倉庫運営の人件費削減にも適用できると判断した。成果も数字となって表れ始めている。2006年度には改善活動によって、販売管理費の22%に相当する6億円の削減効果が出ている。

●3PL家業強化に伴い、トヨタ生産方式導入で原価低減へ
●3PL家業強化に伴い、トヨタ生産方式導入で原価低減へ
[画像のクリックで拡大表示]

考え方の浸透のためにキャンペーン開催

 まず富士物流が取り組んだのは、現場の社員にトヨタ生産方式とは何かを体感させることだ。愛知県にある豊田自動織機の工場に現場のリーダークラスを33人派遣した。1カ月から8カ月間、実際の製造ラインに入り込んで豊田自動織機の社員とともに、ストップウオッチで作業時間を計測するなど本場のやり方を目の当たりにすることで士気を高めようとした。「トヨタでは秒単位の改善が行われていて圧倒された」。実際に参加した京浜物流センターの河野恭一所長は、こう語る。

 この研修の参加者が中心となって、改善活動を全社で展開するための「TPS推進室」を設置。倉庫の運営改善に向けて、トヨタ生産方式の導入を開始した。推進室に加えて、豊田自動織機出身の水野義勝副社長(現非常勤取締役)と稲場泰雄常務取締役の2人がアドバイスする体制を作り、トヨタ流改善の柱である「2S(整理整頓)」「見える化」「平準化」の3つに取り組んだ。

 2Sは、トヨタ流の基礎となる考え方。白線を引いて、備品の定位置を決めるといった改善の環境作りから始めた。だが当初は、なかなか浸透しなかった。

 トヨタ流の考え方を現場に浸透させるために「2Sコンテスト」と称して、どの事業所の改善活動が進んでいるのかを全社で競争させた。「入口が荷物でふさがれていないか」といった10項目を5点満点で採点。審査員は現場の社員が担当し、2004年の秋と翌年春の2回開いた。

物流特有の課題も工夫で吸収

 次に取り組んだ手法が、問題の「見える化」である。倉庫を運営するうえで、コストと並んで鍵を握るのが品質である。品質とは、注文通りに正確かつ早く出庫することである。問題を顕在化させて課題をつぶし、品質を向上させていく。

 具体的には、倉庫内の平面図を掲示し、作業ミスが発生するたびにその個所にシールを張る。商品の取り違いなら赤、指定量よりも多く商品を取ってしまったら黄色といったように、色で発生内容を区別する。一覧表を見れば、どのゾーンでどういった問題が発生しているのかが一目瞭然となる。

 この図面を基に改善を進める。例えば、商品取り違いを示す赤色が多発している棚に間仕切りを入れてミスを防ぐといった対策を講じる。これまでは品質不良が多く発生していると分かってから、何が原因なのかを探っていた。

 「2S」や「見える化」まではトヨタ流の考えをすんなりと取り入れられた。だがそのまま適用できなかったのが、3つ目の「平準化」である。製造業であれば、先の需要も見越して余裕のある時に前倒しで生産計画の平準化ができる。急な注文には、在庫や残業で対応する余裕もある。

トヨタ生産方式を伝授する豊田自動織機出身の稲場泰雄常務取締役(左)と、改革を主導する小林道男社長(中央)と落合一夫取締役
トヨタ生産方式を伝授する豊田自動織機出身の稲場泰雄常務取締役(左)と、改革を主導する小林道男社長(中央)と落合一夫取締役

 だが物流業の場合、受注当日の出荷が原則で「在庫」という概念がない。しかも「20日前後の繁忙期と閑散期では2倍違う」(落合一夫取締役)というほど作業量がぶれる。こうした制約条件下で、平準化に取り組んだ。同社では過去の物流量から当日の数量を予測し、進ちょくボードを活用して柔軟に人員配置を変えることで最少人数で取り組める体制を構築した。

 具体的には、まず朝9時に過去の実績に基づいて1日の物流量を予測する。約90人いる作業員を現場に配置するとともに1時間単位の作業量を決める。1時間ごとに担当者が実績をボードに書き込む。昼礼時にボード前に各現場のリーダーが集まり、予定よりも遅れが発生している部署がないかを確認する。遅れている部署には人材を重点配置し、トラックの出発時間までにすべての部署が業務を完了できるようにした。「これまでは持ち場以外の状況が分からなかったが、ボードの設置によって可視化できている」(稲場常務)


赤字を根元からの根絶を目指す

 倉庫内の改善活動で効果が見え始めると、上流に活動範囲を拡大した。赤字案件の受注を減らす取り組みがそれだ。受注精度を向上させるために、「DR(デザインレビュー)」という製造業の考え方を取り入れた。

 DRとは、製品開発の過程において中間成果物が出来上がるごとに、機能やコストといった評価をする場。製造担当者が「この形状では作りにくいので直してほしい」といった意見を早い段階で出すことで、手戻りを防いで製品開発期間の短縮を目指す、製造業で用いられる手法。

週末を利用して開く社内大学の様子。実技と座学でトヨタ生産方式を理解する
週末を利用して開く社内大学の様子。実技と座学でトヨタ生産方式を理解する

 富士電機で設計部門が長かった小林道男社長が、3PL事業の営業プロセスにDRを採用した。3PL事業には、顧客企業向けに倉庫を新設したり、既存の設備を引き継ぐものもある。そのうち、数億円以上といった大型案件は、DRで定めたプロセスを基に進める。重要な局面において、小林社長をはじめとした幹部約 20人が集まって意思決定することで、赤字に陥る案件の獲得を未然に防ぐ。DRは合計6回の会議を開き、受注案件の決定から次への課題の洗い出しなど営業プロセス全般を網羅する。月2回ほど開催するが、すべて社長が出席する。

 従来、赤字案件となる要因は、案件の精査が甘いことであった。営業部門の担当者と営業担当役員で進めていたため、他部門の意見が反映されなかったり、最終決定は営業担当役員の経験と勘に頼っていたりするような状況だった。DRによって、関係部門が受注前から意見をもらうことで収益予測の精度を高める。例えば、受注金額を算出する際に、営業担当者以外にトヨタ生産方式を学んだ倉庫運営担当者も参加する。既存倉庫の案件であれば、現場に出向いてコスト削減の工夫ができる余地を見つけるといったことだ。

 このほか営業担当者は、受注の可否を決める会議までに、商談チェックシートにある事項の確認を終えておくというルールを決めた。確認事項とは、「伝票発行は受託費に含まれるか」といったことである。「詳細な取り決めの確認を怠ると、後々の経費に響いてくる」(稲場常務)ため、細かい確認を全員が漏れなく確認できる。

トラブルが発生した現場を平面図で管理。発生した種類に応じてシールを色分けしている
トラブルが発生した現場を平面図で管理。発生した種類に応じてシールを色分けしている

 これらの資料を基に経営陣も含めた会議で方針を決め、受注が確定する。運営が始まってからも、課題を洗い出す会議を開き、次に受託するセンターでの運営に生かす。こうしたサイクルを回すことで、赤字案件の根絶を目指す。