写真●「ジャガビー」を手にするJagabeeカンパニーマーケティングチームの山村眞リーダー

 カルビーの「ジャガビー」が売れに売れている。昨年4月に一部地域で発売を開始し、10月に全国展開。あまりの人気に生産が追いつかず、今年8月には中四国、九州、沖縄で3週間の販売中止に追い込まれた。同社としては「じゃがりこ」以来の大ヒット商品となっている。その裏には意外なマーケティングがあった。

 ジャガビーの開発プロジェクトが立ち上がったのは2005年8月。中田康雄社長から命を受けたのはJagabeeカンパニーマーケティングチームリーダーの山村眞氏だ。広告代理店から転職したばかりの山村氏にはカルビーのマーケティングに少し違和感を覚えていた。「菓子ではターゲット層を明確にせずに開発することが多い。絞り込まないことで『みんなのお菓子』になってヒットするからだろう」。顧客のセグメンテーションを当然と受け止めていた山村氏には、万人受けを狙うマーケティングは新鮮でもあった。

 顧客層を明確にしない、ターゲットを絞り込まない。そのことで大ヒットを生む例もある。お菓子のような単価が低く大量に流通する商品では、みんなが喜ぶ“最大公約数”を狙う商品開発は有効だ。しかし、ジャガビーではそうした方針を採らなかった。原因は「独身女性は10代から20~30代になると3割がスナック菓子から遠ざかる」というデータにあった。

顧客のライフスタイルや価値観も決める

 既存のスナック菓子では攻め落とせなかった「20~30代の独身女性」。山村氏らは、この層を取り込むことで老若男女に受け入れられる商品開発に挑んだ。年齢と性別程度では従来のセグメンテーションと大差はない。カルビーは定量データから新商品が対象とすべき層を定めただけではなく、顧客像のライフスタイルや価値観まで決めることにした。

 彼女たちがよく読む雑誌からライフスタイルを類推したり、独身の女性社員にミーティングに参加してもらったりしながら顧客像を肉付けしていった。定義づけた顧客像についての記述は1枚の紙にまとめられた。「27歳独身女性、文京区在住、ヨガと水泳に凝っている・・・」といった詳細な記述からは、おしゃれで情報感度が高く都会で独り暮らしをしている女性会社員の姿や価値観が浮かんでくる。記述とともに山村氏らが描く顧客像に近くタレントの写真も張った。

 顧客像に名前までは決めなかったが、ジャガビー・プロジェクトのメンバーが作り上げた顧客像は「ペルソナ」と呼ばれるものだ。人間工学中心設計(HCD)というデザイン手法では、定量的・定性的な情報に基づいて架空の顧客像「ペルソナ」を作ることがある。このペルソナのために製品を作りこむことでユーザビリティーを上げていくというものだ。

男性客中心のコンビニでも女性が購入

 ペルソナを作るメリットは大きく2つ。担当者間で顧客像を明確にすることで顧客の視点で商品やサービスを開発できること。マーケティング担当者の顧客への感情移入を助ける。もう1つは、担当者間で顧客像を共有化することでマーケティングにぶれが生じにくいこと。山村氏はペルソナという言葉は今年に入ってから知ったので、HCDプロセスに沿ってジャガビーを開発したわけではない。

 それでも顧客像の明確化・共有化はジャガビーの商品に与えた影響は小さくない。山村氏は開発から販促までの過程でプロジェクトメンバーに「彼女たちの視点で評価してくれ」と繰り返した。1つはパッケージのデザイン。カルビーが「世界戦略商品」として位置づける商品としては落ち着いた色調になっている。これは「文京区に住むおしゃれな20~30代の独身女性」の部屋においてあっても違和感が内容に気をつけたためだ。

 同商品のサイトはターゲット層の部屋をイメージしてデザインしてある。ターゲット層に「あなたの商品です」と訴えたいからだ。テレビCMの出演しているモデルのヨンア氏はファッション雑誌「Oggi」で活躍中。Oggiとヨンアという選択も「彼女たち(ターゲットとすべき顧客層)の視点で評価」した結果だ。

 販路はコンビニエンスストア限定と決まっていたため、独身女性には社内からも反対はあった。コンビニの来店客数は8割が男性というからだ。それでもふたを開けてみれば購入者の半数は女性。冒頭に触れた大ヒットにつながっている。カルビーでは現在、各商品ブランドごとの明確化に力を入れ始めている。今後もたった1人のために作りこむことで万人が買いたくなる商品を作る。