写真1●近鉄百貨店が導入した対面販売用のシンクライアント端末
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 関西を中心に9店舗を展開する近鉄百貨店は9月までに、全店舗のギフトセンターに対面販売用のシンクライアント端末450台を導入する。すでに、阿倍野本店、上本町店、奈良店、橿原店の4店舗で300台を稼働させた。贈答品の受注システムをオンライン化し、伝票出力や会計処理など一連の作業にかかる時間を短縮するのが狙いだ。

 顧客が贈答品を注文する場合、従来は顧客自身がカーボン用紙に住所、氏名、商品などを記入し、その情報を店員が端末に入力していた。受注システムがPOSと連携していなかったため、商品の値引きや配送料金などはその都度、店員が適切なものを選択していたという。顧客が指定した発送先が3件だった場合「すべての処理が終わるまでに13分ほどかかっていた」(近鉄百貨店の藤田浩業務サービス本部情報システム部長)。誤った値引き設定で商品を販売してしまうケースなどもあったという。

 これらの問題を解決するために近鉄百貨店が採った方法が、受注システムのオンライン化だ。店員が対面販売用の端末に顧客情報を直接入力するため、紙を使う必要がない(写真1)。POSと受注システムが連携しているため、値引き量や配送量を自動的に計算でき、ミスが起こる心配もなくなった。発送先が3件の場合、新規の顧客で8分、住所などの入力が必要ない既存顧客は5分で受注処理が終わるという。

 対面販売用にはシンクライアント端末を採用した。近鉄百貨店は通常時、贈答品の受注はギフトセンターで対応している。だが歳暮・中元時には贈答品の受注量が急増することから、催事場にギフトコーナーを臨時で設ける。そのためシンクライアント端末も、普段使わない分は倉庫にしまっておき、歳暮・中元時に一斉に売り場に展開する。


写真2●シンクライアント端末は画面の裏側に取り付けられる
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写真3●お中元商戦時には催事場に端末を一斉展開する
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 シンクライアント端末は画面の裏に取り付けることができるため(写真2)、デスクトップ型のパソコンより持ち運びが容易だ。端末は無線LANで受注システムと接続する。阿倍野本店、上本町店、奈良店、橿原店の4店舗は、6月1日からお中元商戦に向けて催事場に端末を配備。催事場にはシンクライアント端末がずらりと並んだ(写真3)。 

 近鉄百貨店が受注システムのオンライン化の検討を始めたのは2005年秋頃のこと。他の百貨店が先行して受注システムのオンライン化に取り組んでおり、伊勢丹は2000年に、大丸は2005年に稼働を始めている。藤田部長は「他の百貨店に後れを取ってしまったため、それを補う意味でも他に負けない最新のシステムを導入しよう」と考え、2005年11月から週1回、要件定義や仕様確定のための会議を開き、どのようなシステムが最適かを検討。耐久性が高いことや情報漏洩リスクを軽減できることなどを理由に、シンクライアント・システムを採用することが決定した。

 シンクライアント・システムは大きく分けて2つのタイプがある。端末ごとに使用するアプリケーションやOSなどを設定するタイプと、すべての端末を共通の環境で利用するタイプだ。近鉄百貨店の場合、対面販売での使用を想定しているため、各端末で使用するアプリケーションは共通である。そのため2006年6月、後者にあたる日本ヒューレット・パッカード製のシンクライアント端末「HP Compaq t5720 Thin Client」の導入を決めた。

 システム導入の際に大きな問題となったのは、店舗によって贈答品の受注プロセスや値引きの設定方法などが異なっていたことだ。藤田部長は「新システムを導入すると、全店舗が同じ流れで商品受注処理をする必要があった。どのような受注プロセスが最適か、各店舗の意見を調整し、まとめ上げるのに1年近くの時間を要した」と振り返る。

 データベース・サーバーやアプリケーション・サーバーなどは大阪・上本町にある近畿日本鉄道本社ビル地下1階のデータセンターに設置。既存の資産を生かすことを考え、DBMSは以前から使用している日本IBMの「Informix Dynamic Server V9.40」をそのまま流用した。アプリケーション・サーバーは今回新たに13台導入し、サーバー1台で40端末を稼働させる。

 データ・センターと各店舗を結ぶ回線は、NTT西日本の「Bフレッツ」を利用。通信速度は100ギガビット/秒で帯域保証はないが、藤田部長は「10メガビット/秒あれば問題なくシステムが動く」と話す。バックアップ用の回線は広域イーサネットを使用する。
 
 2007年3月に阿倍野本店、上本町店、奈良店、橿原店の4店舗のギフトセンターでシンクライアント・システムが稼働を開始した。システムの構築を担当したバンクテック・ジャパンは、大丸や高島屋のギフトシステムのオンライン化も手掛けている。バンクテック・ジャパンによると、百貨店が贈答品の受注システムにシンクライアントを採用するのは今回が初めてという。構築にかかった費用は端末やネットワークなどすべて含めて3億円ほどだった。

 稼働まで順調に進んだシンクライアントの導入プロジェクトだったが、現在までに2度、システムが一時的に利用できなくなるという障害が発生している。1度目は今年6月1日、データベース内のデータとインデックスの連携がうまく取れていなかったため、サーバーがデータを読み込むことができず、システムにロックがかかってしまったというもの。2度目は7月1日、顧客のログファイルを記録した磁気テープに障害が発生し、ログファイルを照会できなくなったために利用が不可能になったというものだ。

 だが、いずれもその日のうちに原因を突き止め、復旧作業を完了した。翌日からは通常通りシステムを利用できるようになったという。システムが停止している最中の商品受注は、従来のカーボン用紙を使う方法で対応した。藤田部長は「その後はトラブルは起こっていないが、同様のトラブルが起きないよう細心の注意を払っていく」と語る。

 オンライン受注システムの導入は、売り上げにも良い影響を及ぼしているという。藤田部長は「以前は商品受注に時間が掛かりすぎていたため、並んでいる顧客が待ちきれなくなって帰ってしまうといったこともあった。今では受注時間が短縮できたため、贈答品購入後に他の売り場に寄って商品を買っていくというケースも増えている」と説明する。

 今後は外商にも新システムが利用できるようにする予定だ。藤田部長は「KDDIの携帯電話を使えば店外からも接続できるようシステムを設計してある。外商用にどのような端末を使うか検討している最中だ」と話す。