半導体メーカーから生産業務を請け負う日本エイムが成長している。名だたる製造業を顧客に持ち、工場のオペレーションを裏で支える。全く実績がなかった半導体業界に仕事を絞る大胆な戦略転換が奏功。光が当たらない技術者の成長を優先し、評価・賃金制度を確立した。eラーニングによる教育機会の提供で、社員の成長意欲を引き出す。

 半導体業界は、工場で働く作業員の20%以上が外部労働者で占められている。業界全体で約6万人といわれる彼らの力を借りなければ、成り立たない世界だ。そのおよそ10%、6000人もの技術者を供給しているのが日本エイムである。日本の基幹産業である半導体業界の現場に6000人もの技術者を送り込んでいるわけで、「エイムがいなければ世界が止まる」という同社の合言葉もオーバーな表現ではなくなりつつある。

 外部労働力の割合は2009年には40%まで上昇するという試算もあり、エイムの人材が必要とされるポテンシャルは、まだまだ大きい。エイムは今後3年で8000人まで拡大する計画だ。

●日本エイムの概要と業績推移
●日本エイムの概要と業績推移

様々なメーカーの現場に食い込む

 NECやソニー、東芝、松下電器産業─。半導体メーカーや一部の液晶メーカーの工場における製造オペレーションを専門に請け負うエイムの顧客リストには、大手電機メーカーの名前が並ぶ。合計110社、拠点数にして180カ所の工場のクリーンルームでエイムの技術者が汗を流す。

 加藤慎一郎社長は「当社の強みは主要な半導体メーカーに広く人材を供給して場数を踏んでいることだ。技術者は古い装置から最新機種まで、メーカーの垣根を越えて半導体製造にかかわる多種多様なラインや工程を経験できる。だから人材の成長スピードが早い」と強調する。しかも、こうした業界の地位をここ5~6年で確立したのだから驚きだ。製造請負業者としては後発のエイムだが、半導体業界への業務の「特化」や、生産ラインをチームで丸ごと請け負う「一括請負」、そして定着率が極めて低いといわれるIT(情報技術)業界の工場の技術者に対する「評価・賃金の透明性」の徹底と「正社員採用」の推進、さらには工場のある地域に特化した「人材登録サイト」の開設、独自に開発したeラーニングシステムによる「教育機会の提供」と、製造請負や人材派遣業界の常識を覆す施策を連発。結果的に、メーカーと技術者双方の信頼を勝ち取る結果になった。

国内の主要な半導体メーカーや液晶メーカーの生産ラインで働く日本エイムの技術者。半導体製造に特化して仕事ができるので、専門スキルを磨きやすい
国内の主要な半導体メーカーや液晶メーカーの生産ラインで働く日本エイムの技術者。半導体製造に特化して仕事ができるので、専門スキルを磨きやすい

 1995年に創業したエイムの転換期になったのが2001年である。それまでは同業他社との違いが見当たらない、数ある製造請負業者の1つだった。そして2001年、IT不況のあおりを受け、初めて減収減益を経験。資金繰りが苦しくなる。その時、創業者の若山陽一氏(現在はエイムの親会社ユナイテッド・テクノロジー・ホールディングス社長)や彼の学生時代の友人で現社長の加藤氏、ほか数人の幹部が集まって1年がかりで議論し、「エイムの存在意義を確認した」(加藤社長)。

 出した結論は、IT業界の繁閑に合わせて人の頭数をそろえ、その都度人材を供給するだけのビジネスに未来はなく、そこで働く技術者の成長が望めないというものだった。それならばと、「専門スキルが必要な半導体製造に絞ると決めた。メーカーの都合に合わせた『人出し屋』からの脱却を試み、技術者の成長を優先した」。この絞り込みがエイムの特異性を決定づけたわけだが、2002年当時は大胆極まりない決断だった。エイムは半導体製造を請け負った経験がなかったのだ。従業員は皆、半信半疑。それでも決めた以上は、技術者の成長が望めないほかの仕事はすべて断った。

 半導体メーカーはプレーヤーが限られる。全国に点在する工場を地図にプロットし、約30カ所の主要工場近くに、半導体メーカーからヘッドハンティングした約30人のベテラン技術者を1人ずつ送り込んで営業を開始した。同時に、若山社長(当時)がメーカーの経営者に手紙を書き、人づてに面会を求めるなど、トップ営業を続けた。

 30の現地部隊がまず、主要工場の小さなオペレーションを請け負い始め、徐々にメーカーの信頼を得て範囲を広げていった。その積み重ねがライン一括請負に発展した。現在は請け負ったラインにある装置の「稼働率」や生産の「歩留まり」といった現場の運営指標をコミットするまでに至っている。業務も製造オペレーションだけでなく、装置メンテナンスといったメーカーの社員が受け持つ高度な業務にまで広げている。2007年4月には半導体装置を扱うエイペックス(東京・渋谷)と経営統合してユナイテッド・テクノロジー・ホールディングスを設立し、人材交流を始めた。

 半導体製造だけを請け負うには、専門知識や技能を持った人材の長期的な確保と育成が不可欠になる。そこでエイムはパソコンで半導体製造を疑似体験できるシミュレーターを1年がかりで開発した。4つあるシミュレーターを体験すれば、全体を俯瞰ふかんしながら製造の流れを最初から最後まで通して理解できるという。1つ実行するのに1時間半はかかる本格的な内容だ。開発したのは半導体業界に精通したベテラン技術者や元々メーカーの工場で新人教育を担当していた人たちで構成する13人の技術サポートチームである。

スキル評価と成長の道筋を明示して定着

 技術者は全国どこに勤務していても、インターネットにつながる自宅や工場のパソコンから、自分のペースで必要な知識や手順、前後の工程内容を学習できる。いわゆる、eラーニングだ。全従業員が対象だが強制ではなく、あくまでも意欲がある人が自発的に取り組むものである。2006年後半からは、新卒の内定者や中途採用が決まった人に入社前からeラーニングを開放し、事前に業務を学べる機会まで提供している。

●人材の「評価・賃金・教育」を明確にして、技術者のモチベーションを高める
●人材の「評価・賃金・教育」を明確にして、技術者のモチベーションを高める
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 工場では、仕事を終えた若い技術者が数人パソコンに群がって、みんなでeラーニングに取り組む姿が頻繁に見かけられる。四半期に1度の「理解度チェック」試験を突破しようと勉強に励む若者には、その機会を与える。選択問題や間違い探し、記述問題などから成る理解度チェックをクリアしなければ、次の学習項目には進めない。

 エイムのeラーニングは一方的な学習装置ではない。メールの質問機能を使って、技術サポートチームにどんな細かなことでも相談できる。理解度チェックも「落第したら3カ月後にまた受講せよ」と突き放すような対応はせず、その月内にテストを突破できるところまでサポートして、再受験を促す。だから受講者の試験突破率は常に100%近い。やる気を見せた若者を最後まで面倒みるのが、サポートチームの役割だ。

 もちろん、eラーニングだけで人が育つわけではなく、現場での実地訓練は必要不可欠である。しかし、それだけに頼ると、技術者は配属先によって学べるスキルにばらつきが出る。それでは不公平だ。そこで配属先での基礎業務を覚え終わる入社3カ月後からはeラーニングを併用し、どのメーカーでも通用するスタンダード技術や知識の学習機会を、すべての技術者に提供する。エイムは教育を充実させると同時に、技術者のスキル評価とそのレベルに応じた賃金を決め、全社に公開している。技術者に「評価・賃金・教育」の3つを明示し、「自身のスキルとそれに見合った収入を上げていけるキャリアプランを見せてあげた」(加藤社長)。これが人材の定着に役立っている。

技術者の定着は半導体業界全体の課題だ

 製造請負業界の課題は技術者の職場定着率があまりに低いことだ。技術者の月間離職率は平均8%に達するといわれている。人が大量に辞めるから、また新人をかき集め、教育し直す。しかし、それでもまた辞めるという悪循環の繰り返しだ。メーカーも安いコストで短期的に人手を集めようとする傾向が強かった。長年、業界全体で人を育てるという観点が軽視されてきた。

 そこで当社は若者の育成に光を当てた。当社の月間離職率は約3%と業界平均の半分以下だ。雇用体系も業界では異例の正社員採用が全従業員の約60%を占める。現場の技術者に経営の軸足を置き、半期に1度見直す本人の評価と賃金、そして教育を充実させて急成長できた。長期の人材育成こそが真のコストダウンにつながるというのが当社の信念だ。

 技術者の本音を知りたくて、私は全国の現場を回り続けている。東京本社にいるのは週に1日だけだ。私の考えを現場に伝えるため、ビデオレターも併用している。これは2003年の上場直前に気を引き締めるため、前社長の若山陽一と2人で仕事の後に居食屋「和民」で数カ月間アルバイトした時に学んだもの。有名なワタミの渡邉美樹社長の経営哲学に現場で直に触れてみたかった。和民の店舗では経営と現場の情報共有の早さを学ぶことができた。(談)

加藤 慎一郎 社長   加藤 慎一郎 社長
かとう しんいちろう氏●1970年生まれ。1995年4月、会社設立と同時に取締役就任。2007年4月、社長就任(現任)。同時にユナイテッド・テクノロジー・ホールディングスの取締役就任(現任)