コクヨの東京品川オフィス。本社は大阪市にある。コクヨは2004年に分社化し、持ち株会社体制となった。グループ従業員数は4747人(2006年3月末時点)
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 オフィス家具や文房具の製造・販売大手のコクヨグループは、新入社員にメンター(助言者・指導者)を付け、3年間で「一人前」に育てる制度を導入した。

 このメンター制度は2005年4月にスタート。来年3月に同制度を3年間適用した初の“卒業生”が誕生する。会社と現場が本気で新人を育てる気持ちを制度に落とし込むことで、若手の定着率を高める狙いがある。制度開始以降、退職者は1人だけという。

 一般的にメンターは、後輩や若手に仕事の進め方や考え方を教えたり、手本を示したり、会社生活やキヤリアに関する悩み事の相談を受けたりする。新人を対象としたメンター制度は、チューター(家庭教師)制度と呼ぶ企業も多い。コクヨの場合、メンターの適用期間が長く、若手を「一人前」だと判定するための様々な試験があるのが特徴的だ。

 「チューター(メンター)役には、仕事に対する姿勢が手本となる現場の30歳前後のキーパーソンを選んでもらうように、各事業会社に頼んでいる」と、持ち株会社であるコクヨの萩原謙一郎・人材開発部部長は言う。

 人材開発部は、新人に日報を提出させており、新人とメンターの日々のやり取りはここでチェックしている。またメンター役の中堅社員に対して、仕事への動機付けやスキルの伝承方法などを教える研修を用意している。

 萩原部長は、「答えをすぐに教えるのではなく、新人に徹底的に考えさせてくれ、とチューターを指導している。『どうしたらいい』と聞いてやり、失敗してもいいからアイデアを実践させることが大切。ビジネスの本質は、単に情報を集めて整理するのではなく、実行するかどうか腹をくくって決断することだからだ」と説明する。

 これは最近注目を集めるビジネスコーチング的な指導方法だが、メンターはコーチとは違って、時には「それはA社に依頼すればいい」など具体的な仕事上の問題の答えを教えることもある。業務経験が浅い若手は、内面から答えを引き出すコーチングだけでは、苦境から自力で脱せられないケースも少なくないからだ。


メンターになることが誇りとなる風土に


コクヨ人材開発部の萩原謙一郎部長(写真左)と河南悠氏。河南氏が手にしているのはメンター制度の合格者がもらう「一人前認定書」。認定書を得た社員は、四万十川の周辺にある「結の森」へ旅行に行ける。慰労だけでなく、コクヨの環境に対する姿勢を学んでもらう狙いがある
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 コクヨはメンター制度を通じて育成した若手を、「経営理念への共鳴」、「実務遂行力」、「変革の素養」の3点で、「一人前」となったかどうか判断する。

 経営理念への共鳴度合いは、経営理念を暗唱できるようにしたり、創業者を偲ぶ集いに参加してリポートを提出することなどで判断。実務遂行力は、メンターが年度末ごとに教え子の力をチェックすることで評価する。また、変革の素養は次の3段階で判定する。

 まず1年目にビジネス能力を判定するグロービス(東京・千代田区)の試験「GMAP」を受ける。500点を獲得できるまで何度でも受験する。2年目と3年目は、組織や業務に関する課題を自分で見つけ、自分で解決策を考え、上司の了解を得たうえで実行する。基本的には2年目と3年目で異なる課題に取り組み、結果を所属するカンパニーのトップの前で発表する。

 創業から100年を経たコクヨでは現在、グループを挙げて「変革」というテーマに取り組んでいる。持ち株会社のコクヨはもちろん、事業子会社各社のトップが事あるごとに「変革を起こそう」と現場を鼓舞している。コクヨは歴史が古く業績も安定しているがゆえに、ともすれば現状維持に甘んじかねない。しかし、国内のオフィスサプライ市場は成熟し、競争は激しくなるばかり。ビジネスモデルそのものの変革が欠かせないのである。

 それゆえ、「若いうちから、日々の仕事をセルフチェックして、疑問を持ち、どうしたらいいか考え、すぐ行動に移す。そんなクセをつける必要がある。変革を起こすには、若手も含めて人が変わらないといけない」(萩原部長)。

 コクヨは、グループ各社に配属する総合職の新入社員として、ここ数年は30~50人ずつ学生を採用。これに合わせてメンター経験者も年々増加している。ただし、グループの総従業員数が4700人超と多いため、メンター制度はようやく認知された段階である。人材開発部としては、メンターに選ばれることが社員の誇りやステータスとなり、メンター経験者が経営幹部に育つ風土を築きたい考え。つまり、コクヨのメンター制度には、若手の指導を通じて自己を振り返ることによって、優秀な中堅社員を幹部候補人材に育てる狙いもある。