顧客役を務めるシェイクの森田英一社長に、新入社員が「顧客ニーズ」の聞き取りに訪れる
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研修終了後も、毎週課題を決めて、達成度をチェックする
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 「お客様にメールを出す前に上司の確認を取りましたか」
 「客先で、お客様より先に着席するのはマナー違反ですよ」

 新入社員を前に、厳しくミスを指摘する指導員。印刷機器製造国内最大手の小森コーポレーションで、この4月新入社員向けに実施した研修のひとこまだ。

 「自らの力で壁を破る人材」を採用基準とする同社では、入社したての新入社員に、社会人として自律的に行動する「クセ」をつけるため、丸1日を費やして「シミュレーション研修」を実施している。

 50人あまりの新入社員を4人ずつのグループに分け、各チームを「旅行代理店で企業向けの社内旅行を企画するグループ」と仮定する。顧客のニーズを聞き取って旅行プランを立案し、プレゼンテーションするまでの仮想的なプロセスを実施する。外部の研修会社の講師が顧客役や上司役を務め、その行動をチェックする。プレゼンテーションが終わった後、講師から各チームメンバーへのフィードバックを行い、新入社員が自分の行動を振り返り、改善につなげる一助とする。

 研修の軸となるのは、「GPDCA」すなわちゴール(G)を設定し、その達成のために計画、実行、チェック、改善(PDCA)を行うプロセスだ。「GPDCAの重要性は、以前から研修でも話してきたが、知識として理解していても、業務の現場ではなかなか実践できない。仕事の現場で失敗する前に、『仮現場』でGPDCAの重要性を体感し、何ができていないかに気づく機会を持つことが重要だと考えた」。研修を企画した総務部人事課の岡崎匡宏氏はこう話す。

 同社に限らず、近年の新入社員は学生時代からパソコンやインターネットを駆使し、情報収集や処理の能力が高いが、仕事の場でその能力をすぐに発揮できるとは限らない。顧客に提出する書類は、事前に上司の確認を取る。複数の仕事に優先順位をつけて、チームメンバー間で合意する。仕事を円滑に進めるうえでは欠かせない仕事の基礎を、身を持って学ぶのがシミュレーション研修だ。「この場を通して、学生から社会人へと意識を切り替えるスイッチを押す」(岡崎氏)

新入社員を自律型人材に

 2日間の研修では、初日にGPDCAの基礎などを座学で学び、2日目は9時から18時までみっちりシミュレーション研修に取り組む。パソコンは持ち込めず、仕事の指示や、顧客、上司との連絡はメールに見立てた紙のやり取りで行う。

 顧客からのメールに書かれていた指示を自分だけが見て、他のメンバーと共有するのを忘れていた新入社員が、チームでの話し合いの席で「お客様からこんな指示があった」と言い出し、他のメンバーから「聞いてないよ」と突っ込まれるといった一幕もあった。最終プレゼンテーションの資料に記した顧客名が間違っていたなどのミスも見逃さず、フィードバックの際に講師が指摘する。上司やチームメンバーとのコミュニケーションの取り方、確認のポイント、仕事の優先順位のつけ方などを、失敗を通して体得していく。

 「従来の新人社員研修は、電話の取り方や名刺交換の仕方といったビジネスマナーの習得が中心で、具体的な仕事のやり方は配属されてからのOJT(職場内訓練)で学んでいた。ただしこれでは、上司や先輩の『我流』を学ぶことになり、会社としての『ものさし』がない。いい仕事のやり方の基準を共有することも、シミュレーション研修の狙い」と岡崎氏は言う。

 2005年に開始して以来、受講者である新入社員のみならず、配属先の上司からの評判も上々だ。「言われたことをそのままやるのではなく、どうすべきかを自分で考え、上司や先輩に質問する力のある新入社員が増えた」という評価を多くの上司が口にするという。

 「言われたままでなく、自分で考える」社員を育成するというのは、この研修を企画、運営するシェイクの森田英一社長の考え方の基本でもある。『「3年目社員」が辞める会社 辞めない会社 若手流出時代の処方箋』などの著書もある森田氏は、「自律型人材」の育成を志向した研修を開発し、多くの企業で採用されている。

 「大量採用時代になって採用基準が落ち、新卒社員の働く意識も下がっている。『お金を払ってサービスを受ける』立場から『お金をもらってサービスを提供する』立場への転換ができず、意識が低いまま、『この会社でダメでも第二新卒で転職すればいい』と安易に転職に走る新入社員も少なくない」と話す。シミュレーション研修はこうした意識の切り替えを行うきっかけとなるという。

業務の“交換日記”も


研修を企画した総務部人事課の岡崎匡宏氏

 もう1つの目的が、いい仕事の「クセ」をつけることだ。「時間の使い方、メモのとり方、コミュニケーションなどのいい習慣を身に付け、仕事に対するいいスタンスを形成していくことで、安定的な成果が出せるようになるはず」(森田氏)。本来こうした機能は、配属先の上司が果たすべきものだったが、経営環境が厳しくなった90年代後半から、ミドルマネジメントにはプレーイングマネジャーとして自身が結果を出すことが要求されてきた。「この結果、部下を育成できる上司が少なくなってしまった。シミュレーション研修はいわば『上司代行』として、いい仕事の習慣を学ばせるものだ」

 もちろん、1度の研修だけですべての仕事の基本が身に付くわけではない。シミュレーション研修で気づいたことも、日常の仕事に忙殺される中で見失ってしまうケースもある。小森コーポレーションでは、こうした課題を克服するため、2006年から新入社員に毎週目標を決めさせ、これを達成するための日々のプロセスを記録させている。このシートを上司や先輩が読んで意見を書き、フィードバックする。いわば業務の「交換日記」とも呼べるものだ。

 「あえてメールではなく、紙に書いて判をもらう。上司と接する機会になるし、上司も新入社員のことを気にするようになる。この制度が定着させる過程で、新入社員のモチベーションを上げると同時に、職場のコミュニケーションを活性化していきたい」(岡崎氏)。