国内最大級の法律事務所である長島・大野・常松法律事務所では,所属する弁護士など約200人にウィルコムのスマートフォン「W-ZERO3[es]」を配布している。事務所内で利用するメールとスケジューラを,外出先から利用するためだ。

 同事務所が利用するグループウエアは,米マイクロソフトの「Microsoft Exchange Server」である。このサーバーとW-ZERO3[es]を同期させるため,フィンランドのノキアが手掛けるミドルウエア「Intellisync Mobile Suite」(IMS)を採用した。W-ZERO3[es]と社内に設置したサーバーが連携し,端末とグループウエアの間でデータの同期を取る。

 2006年1月に情報システム部門と一部の弁護士を対象とする10人で試験導入し,2006年8月からは所属弁護士110人で本格運用を始めた。その後,順次ユーザー数を増やして現在は約200人が利用している。

 導入作業は自社で行った。サーバーには使われなくなっていたマシンを流用したので,導入コストはW-ZERO3[es]の端末代金とIMSのライセンス代金だけで済んだという。1ユーザー当たりの定価では,端末が約3万円,ソフトウエアが約2万円である。

決め手は使い勝手とセキュリティ

 同事務所では,W-ZERO3[es]導入以前からシン・クライアント端末用途でノート・パソコンを導入していた。所属弁護士はこれを使って社内LANにアクセスし,メールやスケジューラを利用していた。しかし台数が30台に限られていたうえ,ノート・パソコン自体が重かった。出張時を除くと利用する弁護士は少なく,メール・チェックのために帰社することが多かった。

写真1●長島・大野・常松法律事務所の石川勝インフォメーション・マネジメント マネージャー
写真1●長島・大野・常松法律事務所の石川勝インフォメーション・マネジメント マネージャー

 長島・大野・常松法律事務所で情報システムを担当する石川勝インフォメーション・マネジメント マネージャーは,手軽に外出先でメールなどを利用できるツールとして,まず携帯電話を考えた(写真1)。携帯電話のブラウザを利用するシステムを検討したが,「一画面に表示できる情報量が制限されて使いにくい。また,業務上やり取りが多いメール添付したオフィス文書の閲覧にも対応しづらい」(石川マネージャー)ことから断念した。

 検討を進めるさなかの2005年12月,ウィルコムの「W-ZERO3」が登場した。石川マネージャーは,携帯電話の欠点を解消した端末として注目。早速2006年1月からIMSと合わせて試験導入したところ,利用者からの評判は上々だった。「試験ユーザー以外の弁護士からも『早く自分にも使わせてほしい』というリクエストが多かった」(石川マネージャー)という。しかし,すぐに本格導入とはできなかった。「盗難・紛失時に遠隔地からデータ消去する仕組み(リモート消去)がなかった」(石川マネージャー)ためだ。

 その後,W-ZERO3のソフトウエアがバージョンアップしてリモート消去に対応。これを受けて,2006年8月に本格導入に踏み切った。本格導入時には,持ち歩きやすさを重視して小型のW-ZERO3[es]を採用した。

手書き認証など4重のセキュリティ

 法律事務所の業務上,メールの漏えい事故などは経営の根幹にかかわる。そこで同事務所では,4重の対策を施してセキュリティを確保した(図1)。

図1●長島・大野・常松法律事務所が導入したW-ZERO3[es]を利用したメール同期システム
図1●長島・大野・常松法律事務所が導入したW-ZERO3[es]を利用したメール同期システム
ノキアの「Intellisync Mobile Suite」を採用した。重要な情報を含むメールをやり取りするため,セキュリティを重視して複数の対策を実施している。 [画像のクリックで拡大表示]

 第一は,ウィッツェルの手書き認証「Cyber-SIGN」の採用。W-ZERO3[es]起動時とスリープから戻る時に,スタイラスでサインを書くことでユーザーを認証する。第二はメールの自動消去。IMSの機能を利用して,端末への保存期間が3日間を過ぎたメールを自動的に消去する。第三は,IMSが備えるW-ZERO3[es]内のデータのリモート消去機能。これにより,盗難・紛失時でもデータ漏えいを防げる。

 第四は,W-ZERO3[es]からIMSのサーバーに直接アクセスするのではなく,中継用のサーバーを設置したことである。インターネット上には中継用サーバーしか公開しないため,不正アクセスされても直接データを盗み出せないようにした。

同期のタイミングとデータ量を工夫

 同事務所がW-ZERO3[es]を導入した当時,Windows Mobile搭載のスマートフォンを導入した企業は少なかった。そのため,様々な試行錯誤を行って細かい設定を詰めてきた(図2)。

図2●運用開始後に分かった課題とその解決策
図2●運用開始後に分かった課題とその解決策
運用を開始してからいくつかの課題に直面。一部は運用で回避している。
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 例えば,同期するタイミングとメールの量。IMSでは,メール受信と同時にリアルタイムでW-ZERO3[es]と同期する機能も持つ。しかしこの設定を利用すると,W-ZERO3[es]が常にメールを受信し続けて,数時間で電池切れになってしまうことが分かった。弁護士は,送受信するメールが1日当たり100通にもなるうえ,添付ファイルが多く,サイズも大きいからだ。

 そこで現在は,同期する間隔を1時間に設定し,メール本文の文字数を2000文字に制限している。さらに,添付ファイルは同期させない設定にした。全文や添付ファイルが必要ならば,クライアント・ソフトの同期ボタンをタップする(軽く触る)ことで受信できる。

 端末は今後も増やしていく予定だ。Windows Mobile対応のスマートフォンはW-ZERO3[es]以外にもあるが,「追加導入するときは,今と同じW-ZERO3[es]を導入したい」(石川マネージャー)という。機種ごとに“クセ”があるため,複数の機種を導入すれば管理負荷が増えるからだ。

残る課題は海外ローミング

 とはいえ,W-ZERO3[es]だけでは解決できない問題もある。その一つが海外ローミングに対応していないこと。無線LAN機能も搭載していないので,海外出張時にはインターネット経由のアクセスもままならない。現状では,以前からあるシン・クライアント端末を使うしかない。

 こうしたことから,海外ローミングに対応するソフトバンクモバイルのスマートフォン「X01HT」も試験的に運用している。ただし,「ウィルコムに比べると通信料金が割高なので,導入には踏み切りづらい」(石川マネージャー)という。