坂井工場内にある巨大プリンター(染色機)群。セーレンの繊維製品製造システム「Viscotecs(ビスコテックス)」の中核を成す
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ビスコテックスを使って衣料品を製造した例。パソコンでデザインを作成・入力してから(写真左上)、工場内で巨大なプリンターを使って生地にデザインを印刷(写真左下)、それを裁断・縫製すると製品が完成する(写真右)
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 2005年に旧カネボウの繊維事業を買収して話題となった染色大手のセーレンは、2008年中に、IT(情報技術)をフル活用してSPA(製造小売り)事業を大幅に“進化”させる計画だ。店舗に置いたパソコンを使って全商品のデザインを、来店客が自由に指定できる女性向けファッション店を新規に出店する。発注してから約1週間で商品が届く。

 この新事業を支えるのは、繊維製品製造システム「Viscotecs(ビスコテックス)」だ。パソコンで作ったデザインデータを、CAD(コンピュータによる設計)に取り込み、タイムラグなしにCAM(コンピュータによる製造)で布地に染めて最終製品にするという、企画・製造・販売まで一貫したシステムである。

 このシステムの中核的存在として、繊維の染色に使う巨大プリンター(染色機)がある。通常は生地を染色する際、枠を作って1色ずつ刷り込むため、10~20色までしか表現できないうえ、大量に刷らないと採算が合わない。一方、セーレンの染色機は1677万色まで表現でき、1着分しか染色しなくてもムダがない。福井県坂井市にある工場には、数百台のプリンターが並ぶ。

 そしてもう1つ。繊維事業を買収して衣料品の完全な一貫製造小売りの展開が可能となったことも、新事業を採算ラインに乗せることに大きく寄与する。

 旧カネボウの原糸製造工場を傘下に収めたことによって、セーレンは衣料品の原糸製造から生地製造、染色・プリント、縫製、仕分け・配送、店舗での販売まですべてをグループ内で完結できるようになった。「これら全工程を担える企業グループは、日本にも海外にも存在しない。セーレンは単独で全部できるので、小ロット、短納期、在庫レスを実現できる余地がすごく大きい。世界初のビジネスモデルだ」と結川孝一・取締役常務執行役員は強調する。


いずれ自宅から自由に発注できるようにする


セーレンの結川孝一・取締役常務執行役員。川田達男社長による20年来の経営改革を長年サポートしてきた。川田社長は社長就任の翌年にあたる1988年に、4つの重点経営戦略の1番目として「IT化・流通ダイレクト化」を掲げている
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ビスコテックスを使って「最後の晩餐」を布地に印刷(左)。右は、作品が完成した当時の色彩を想像して印刷したもの
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 セーレンは2001年に婦人衣料品のSPA事業に進出済み。「mash mania(マッシュマニア)」など直営店を11店運営している。1670万色の染色が可能なビスコテックスのおかげで、バラエティー豊かでカラフルなデザインの衣料品が店頭に並ぶ。在庫がなくても1着からの追加注文ができ、長くても2週間で届く。

 ただし出店済みの直営店は、来年に新規出店を計画する店舗とは異なり、来店客が店内のパソコンを使ってデザインを自由に指定することはできない。

 またセーレンは、直販の衣料品の販売チャネルはいずれインターネットを主力としたい意向だ。このため、直営店の大幅な店舗数の拡大は視野に入っていない。「家庭の通信回線がもっと高速になり、ビスコテックスをさらに改良することによって、個人がインターネットを介して自宅からどんどん注文してくれる世界を目指したい」(結川取締役)という。

 セーレンは現在、衣料品を着用したイメージをシミュレートできるソフトウエアの開発も進めており、これを消費者が自宅のパソコンで利用できるようにしたい考えだ。

 実はすでに4年ほど前から、パソコンを使ってデザインを自由に指定して水着を注文できるパーソナルオーダー事業を、場所・期間限定で実施してきている。2006年は西武や三越、大丸など大手百貨店8店舗の女性向け水着販売コーナーにパソコンとサンプル品を置き、来店客の注文を直接受けた。今年も三越など6つの百貨店での開催が決まっている。価格はビキニタイプが平均1万6000円弱と、通常商品より少しだけ高め。最短で3日、最長でも2週間で完成品が手元に届く。

 これらの中には行列ができるほど好評だった店舗もあるが、パソコンの前に1時間くらい座り込む人が多く、採算面で課題があった。またアンケートからは意外な発見もあった。「デザインを自由に指定できることを評価する人が30%、上下で別々にサイズを選べることを評価する人が50%以上いた」(結川取締役)ことだ。パーソナルオーダー事業にはセーレンの想定以上の潜在需要が眠っている可能性がある。


ガラスや金属や木材にも“染色”できる新システム

 ビスコテックス・システムは、衣料品のSPA事業やパーソナルオーダー事業だけに使われているわけではない。衣料品のOEM(相手先ブランドによる生産)事業や、自動車のシート材事業にも積極的に活用されている。

 また、従来のビスコテックスは繊維に染色できるシステムだったが、ガラスや金属や木材といった非繊維素材にまで対応できる「次世代ビスコテックス」を既に開発。今年10月からこの新システムを置いた工場を稼働させる。産業用資材など新規用途向けに多くの素材の開発・生産を行う。