ネットスーパー「グレースモール」の画面
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 食品卸である伊藤忠食品の子会社グレースコーポレーション(東京・中央区)は2008年夏までに、ネットスーパーを活用した一般顧客向けの買い物代行サービスを東京23区と京阪地区に拡大する。

 グレースは2007年春から、東京都杉並区とその周辺、文京区、および、関西の芦屋市と西宮市の一部で、顧客に代わって地元スーパーで生鮮品などの買い物をして自宅まで届けるサービスを提供しているが、そのサービスエリアを今後1年で拡大する。顧客からの買い物の注文はインターネット上の専用サイト「グレースモール」で受け付ける。

 2007年春のサービス開始から7月初旬までの約3カ月間で、グレースモールには約700人の会員が集まっているが、グレースは来夏の23区全域でのサービス開始に合わせて、約10万人の会員を集める計画だ。顧客は買い物1回当たり、210円の買い物代行手数料をグレースに支払う。自宅までの送料は、買い物金額が3000円以上で無料になる。

 グレースはサービス提供エリアの中心に「デリバリーデポ」と呼ぶ拠点を設けている。顧客からインターネット経由で注文が入るとデポに注文情報が飛び、そのデポからグレースの担当者が三輪バイクに乗って地元の指定スーパーまで実際に買い物に行って、買い物した担当者自身が顧客の自宅まで商品を届ける。まさに昔ながらの「御用聞き」としての買い物代行を、インターネットを絡めて提供している。

西友のネットスーパーを熟知した人物が指揮


東京都中野区にある「大丸ピーコック都立家政店」で、顧客の代わりに買い物をするグレースの担当者
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 グレースは、会社の成り立ちが興味深い。2006年7月の会社設立と同時に社長に就任した木村愼氏はもともと、ネットスーパーとしては流通業界で先行する西友の同事業の立ち上げに直接かかわった人物である。

 日本IBM出身の木村氏は1997年の独立後にベンチャー企業を立ち上げ、当時はまだ国内になかったネットスーパーのアイデアをスーパー各社に売り込んで回った。そして2000年に手を組んだ企業の1つが西友だった。ほかに木村氏はファーストリテイリングの野菜宅配事業(既に撤退)などでも、その黒子として支援サービスを提供していた実績がある。

 西友は現在、ネットスーパーを事業として成立させられている数少ない企業の1つになっている。木村氏が西友に提案した「顧客の自宅の近隣店舗で注文があった商品をピックアップし、顧客の自宅に出荷する」という「店舗出荷型ネットスーパー」のビジネスモデルが市場に受け入れられた証拠だ。一方で、西友と同時期にネットスーパーに参入した企業の中には既に同事業から撤退したところも多い。特に、店舗からではなく、大型倉庫から商品を出荷するタイプのネットスーパーは、ほぼ壊滅した。

 木村氏は自身の会社を2004年に解散し、その時点でネットスーパー事業をスーパー各社に売却している。だがその後、ネットスーパーに参入したい企業を支援するサービスの立ち上げを検討していた伊藤忠食品から人づてに声がかかり、2006年夏のグレース設立に至った。

 伊藤忠食品は取引先であるスーパーの活性化の一助になればと、各社にネットスーパーへの参入意思を確認。必要があれば、木村氏が率いるグレースがネットスーパーには不可欠な情報システムや物流、さらには西友などのネットスーパーで培ったノウハウを提供することにした。

 スーパー各社にしてみれば、ネットスーパーを開始したいと思っても、いきなり多くのコストをかけられないという事情がある。そもそも社内にネットスーパーに精通した人材がいないという問題もある。自前ではネットスーパーの仕組みや人材を用意できないというスーパーは数多く存在し、そうした企業にグレースが支援サービスを提供する。既にいなげやと大丸ピーコック、関西スーパーマーケット、三徳の4社がグレースの支援サービスを使って、実際にネットスーパー事業に乗り出している。

 スーパー各社はグレースに月額15万円のサービス利用料を支払ったうえで、顧客からの買い物注文1件につき600円をグレースに支払う。顧客から徴収する代行手数料210円と合わせて合計810円と月額15万円がグレースの売り上げになる。グレースは「創業2年目の締めとなる2008年9月期には黒字化できる」(木村社長)という。

 グレースは客単価を3000円以上に想定しており、現時点ではほぼ見込み通りに推移している。スーパーの利益率を25%と仮定すれば、客単価3000円の買い物で750円の儲けがスーパーの手元に残ることになるので、「当社に600円を支払っても、まだ150円の利益が残る計算になる。赤字にならずにネットスーパーに参入できる」(木村社長)というのがグレースの説明だ。

サービス提供エリアはグレースが決める

 グレースが提供する買い物代行のビジネスモデルの特徴は、サービス提供エリアの線引きの仕方と物流体制の2つにあるといえる。ここが西友に代表される店舗出荷型ネットスーパーとの違いだ。西友のネットスーパーを知り尽くしている木村氏がたどり着いた、新たなネットスーパーの形である。

 そもそも木村氏が提案したネットスーパーのビジネスモデルは、「既存店舗」の半径2~3キロ圏内にある顧客の自宅への商品配達サービスだった。つまり、サービス提供エリアは既存店舗がどこにあるかによって、自ずと決まるのである。逆にいえば、既存店舗から離れた場所にある顧客の自宅まで配達すると物流コストがかさみ、配送効率も悪いので、サービスの対象範囲外にせざるを得なくなる。

 一方、グレースが規定するサービス提供エリアは、そもそも買い物代行サービスのニーズがありそうな商圏の見極めから始まる。そして同時並行で、規定した商圏内にある地元スーパーをグレースが口説き、グレースモールに誘致するのが同社のやり方である。必ずしも、先にスーパーの既存店舗ありきではない。まずは商圏ありきのビジネスモデルなのである。

 もちろん、その地域のスーパーがどこもグレースの呼びかけに応じなければ、同社はサービスを始められないのだが、結果的にはグレースが定めたサービス提供エリアに出店するいなげややピーコックなどがグレースに賛同し、モールに登場している。

 西友に代表される店舗出荷型ネットスーパーとグレースでは、物流体制も大きく異なる。前者は、店舗の裏で待機しているトラックに、インターネットで注文があった商品を詰め込んで顧客の自宅を回る。だがグレースの場合は、デポの担当者が注文を見て自分で実際にスーパーに買い物に行き、その足で配達する。文字通りの買い物代行スタイルだ。そのほうが機動的で物流費が安いというのが木村氏の見解である。

 しかも、「当社が教育したデポの担当者が買い物から配達まで責任を持って実行するという安心感を顧客に提供できる。買い物代行の原点は今も昔も変わらず、人と人とのコミュニケーションだ」(木村社長)。

 グレースのゴールは、同社のモールに地元顧客がよく買い物で利用するスーパー以外の店舗まで誘致して、買い物代行できる対象商品を広げていくことだ。ドラッグストアや肉屋、魚屋、米屋といった具合である。実現すれば、本当の意味での地元密着の買い物代行が完成する。その時は、もはやネット「スーパー」という言葉が意味を成さなくなるかもしれない。