米ダウ・ケミカルが世界の全拠点に導入した、従業員同士が讃え合う仕組み「Recognition@Dow(リコグニション@ダウ)」の称賛メールの一例。写真のカードがメールに添付されている。
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 北米や欧州、アジア太平洋、中南米など各国に拠点を持つ化学大手の米ダウ・ケミカルは、IT(情報技術)を駆使することによってわずか1年ほどで「従業員同士が讃え合う組織」に変貌を遂げた。自部門や他部門、あるいは他の拠点でもかまわないので、通常業務の範囲を越えて頑張っている人を見かけたら、それを讃える仕組みを2005年から2006年にかけて順次導入したのだ。この仕組みが積極的に活用されている。従業員の意識調査を実施したところ、「自分は周囲からちゃんと評価されているのだろうか」と不安に思う従業員が急減していたという。

 讃え合う仕組みの正体は「Recognition@Dow(リコグニション@ダウ)」と名付けたシステムだ。世界中に約4万3900人いるダウ・ケミカルの全従業員が利用できる。イントラネットを使って簡単な手続きをした後、讃えたい従業員に報奨金付きの電子メールを送ることができる。この称賛メールは大別すると5種類ある。会社の業績への貢献度に応じて、報奨金ゼロ、同6000円、同2万5000円、同6万5000円、月給の30%相当額---となっているのだ。どんな取り組みにどのクラスの報償額が妥当かは、詳細に規定してあり、讃えられた社員の上司が承認する仕組みだ。このための原資は米国本社が負担する。

 2007年1月~5月の期間では、ダウ・ケミカル全体で約5万通の称賛メールがやり取りされた。単純計算では、全従業員が何らかの称賛メールを受け取ったことになる。ダウ・ケミカル日本だけを見ても、この時期、236通の称賛メールが送受されている。日本の従業員数は337人なので、全社平均からすると活用度が若干低いが、これはリコグニション@ダウの導入時期がやや遅かったのが一因である。
 

タイミング良く手軽に称賛できることが大切

 「手軽に使えることが、リコグニション@ダウがグローバルな全社で盛んに利用されている理由。称賛メールを送るのに手間がかかったら、こんなには使われなかっただろう。タイミング良く仲間から褒められると、すごくモチベーションが高まる。さらに、仲間を褒めた側のモチベーションも高まるという声も多い」(ダウ・ケミカル日本の紀本和子広報室長)

 リコグニション@ダウを使って、同僚を称賛する仕組みは次の通りだ。称賛したい同僚がいる従業員はまず、イントラネット上のリコグニション@ダウ専用ページを開く。そこで称賛したい同僚の上司が誰であるかを確認し、その上司に承認手続きを申請する。上司が称賛メールを贈るに値すると判断し承認した後、このページからメールを送ることができる。

 この専用ページは、英語はもちろん、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、中国語、日本語など多様な言語で表示できる。また6000円~6万5000円の報奨金は厳密にいえば現金でもらえるわけではなく、商品券に交換したり、様々な商品や旅行券、食事券などと交換する。さらに、例えば日本の従業員が米国の何らかの募金にこの報奨金を注ぎ込むことも可能だ。

目標管理制度の補完的な役割も果たす

 さすがに月給が30%も上がる「ダイヤモンド・キープセイク」と呼ぶ称賛メールを受け取った日本法人の従業員はまだ数人しかいない。グローバルに見ても半年に数百人ずつだ。日本でダイヤモンド・キープセイクを受け取った従業員の1人は愛知工場のエンジニアで、自身の担当業務をきちんと遂行しつつ、勤務管理ソフトを作り上げた。その使い勝手が高く評価され、愛知工場だけでなく、日本国内の全拠点で採用。これに感嘆してダイヤモンド・キープセイクを送った同僚がいたのである。

 少額な6000円の称賛メールなら、例えば、社内のちょっとしたイベントで縁の下の力持ちとしてがんばった若手に対して、先輩従業員が送るケースがよくある。業務と直接は関係のないイベントでの頑張りは上司の記憶に残りにくいが、リコグニション@ダウではそうした履歴も残る。

 このようにリコグニション@ダウは、人事評価者である上司が見過ごしかねない部下のちょっとした業績をすくい上げる効果もある。ダウ・ケミカルは目標管理制度を導入しているので、目標として設定していなかった成果を上げてもすぐには給与や賞与を上げづらい面もある。リコグニション@ダウにはそうした課題を持つ目標管理制度を補完する効果もあるのだ。 

 実はダウ・ケミカルが今回の仕組みを導入した背景には、従業員1人当たりの生産性を高めることに非常に注力しているという事情がある。多くの従業員が大きな裁量権を持ち、上司の承認を得ることなく独力で判断して日々の業務を遂行している。その代わり、直属の上司が海外や別の拠点にいる従業員が多い。電話会議やメールばかりで、上司の顔を見たことがない従業員もいる。このためリコグニション@ダウの導入前は、「自分はどう評価されているか分からない」という不安の声が広がりつつあったのだという。