合併で発足した大日本住友製薬が新営業支援システムを定着させつつある。MR(医薬情報担当者)やその上司が営業活動を振り返る仕組みが大きな特徴。訪問先や売り込む品目の偏りを是正して、営業活動の効率を10%向上させた。新システムを生かし、旧2社が持つ製品を満遍なく売り込めるようにもなった。新システムは合併の相乗効果を高める役割を担っている。

 「従来の情報システムでは、行動の検証、振り返りが欠けていた。厳しい事業環境を乗り越えるには、この部分を強化して営業力を底上げすることが必要だった」(大日本住友製薬の伊集院哲・営業企画部部長)。同社はこの課題を解決するために、MR(医薬情報担当者=営業担当者)が使う営業支援システム「すぱっと」を開発し、2005年6月から稼働させた。

 大日本住友製薬は、旧大日本製薬と旧住友製薬の2社が合併して同年10月に発足した。売上高は2612億円(2007年3月期、連結)。同じ大阪市道修町に本社を置く武田薬品工業の1兆3052億円(同)などと比べて規模は小さい。

自動化された錠剤の充てん工程(上)。大日本住友製薬の基幹工場である鈴鹿工場(右)
自動化された錠剤の充てん工程(上)。大日本住友製薬の基幹工場である鈴鹿工場(右)

 製薬業界では新薬の開発には長い期間を要する。短期的な成長のためには営業力の強化が不可欠。同社の場合、2社の合併で既に国内で約1500人のMRを抱える。武田の約1700人に匹敵する。

 同社は、規模の拡大を急いで積極的に人材を採用した結果、入社5年未満の若手MRが全体の半数近くを占める。「経験の浅いMRが自分の営業活動を振り返って改善するのは難しい」(伊集院部長)。すぱっとの導入によって営業力の質的強化を狙ったわけだ。

 すぱっとの活用が本格化した2007年3月期は、前年比でMRの生産性(1人当たりの販売実績)は約10%伸びた。これには2社の合併による効果も含まれる。ただし、旧2社のMRにとっては、これまでなじみのない合併相手の製品も売り込まなければならない。これを支援するうえで、新システムが大きな役割を果たした。

 すぱっとはMRが携帯するノートパソコンから、無線通信網経由でサーバーと接続して利用する。製薬業界のSFA(セールス・フォース・オートメーション)システムでよく使われる米オラクルのパッケージソフト「Siebel ePharma」がベース。開発は主にNECが担当した。「製薬はSFAへの投資が多い業界。データの詳細な分析が不可欠で、単に行動や日報を管理するだけのSFAでは役に立たない」(NEC関西支社の原田芳信セールスマネージャー)という。

●大日本住友製薬は「すぱっと」により、「振り返り」を核に営業活動の精度向上を図った
●大日本住友製薬は「すぱっと」により、「振り返り」を核に営業活動の精度向上を図った
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見返りがないという現場の不満を反映

 すぱっとの構想は旧住友製薬で2001年から始まり、開発前の検討に丸3年をかけている。風土改革のための「変革キャンペーン」で社員から会社に対する意見を募ったところ、営業関連の意見の半数近くが、当時の営業支援システムに対する不満だった。

 代表的な意見は、「MRが医師への訪問実績を入力しても自分へのフィードバックが少ない」「システムを利用しても売り上げにつながらない」というものだった。

 そこで、新システムで重視したのは「PDCA(計画・実行・検証・見直し)サイクルの徹底」だった。有能なMRが実践している方法をシステムで支援したり、上司がデータを基に「コーチング」できるようにする機能を充実させた。

●「すぱっと」を活用し、行動分析・改善のPDCAサイクルを回す
●「すぱっと」を活用し、行動分析・改善のPDCAサイクルを回す
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 MRの営業活動の中核は「ディテール」と呼ばれる。医師を訪問して、特定の薬の効能などを口頭や資料で説明し、患者への処方を促す。薬の最終顧客は患者だが、実際には患者への処方を決める医師へのディテールが効果的に行われるかどうかが、売り上げを左右する。ディテールの成果は、事後に、MRが担当する医療機関別の売り上げ実績データに表れる。

行動が効果的かどうかを画面で検証

 まずMRは、すぱっとの画面上で、週次の訪問計画を立てる。MRは、スケジュール表と訪問先の医師一覧が表示される画面を見て、医師名をスケジュール表にドラッグ・アンド・ドロップして訪問計画を作成する。

 次に、MRは実際に訪問してディテール活動を行ったら、その実績を入力する。対象製品や使用した説明資料、「高齢者向けに投与しやすい」「○○という病状の患者に適している」といった訴求メッセージ、医師の反応の良しあしをプルダウンメニューの選択肢から選んで入力する。この訪問実績は、MR個人別に集計され、「気づき画面」という1画面にまとめて表示される。

 すぱっとの開発に当たって、MRの行動を分析した。「優秀なMRは、従来から販売実績の推移や訪問先、ディテール回数の配分などを考えて自律的に動いている」(伊集院部長)。一方で、経験の浅いMRは、キーパーソンに当たる医師をうまく訪問できていなかったり、説明に慣れた特定の薬に偏ってディテール活動を行ったりして、成果が上がりにくい。これに対して、上司も「粘りが足りない」「もっと外に出ろ」といった根拠のない指導をしてしまいがちだ。

 「気づき画面」では、重点訪問先のカバー状況、製品別のディテール回数の比率や、ディテール回数と売り上げ実績の相関・推移といった数値がグラフで表示される。この画面で、MRは自分の行動を振り返ることができる。ただし、経験が浅いMRは自分で問題点を見つけにくいため、定期的に実施するMRと上司との面談で、上司が「この製品のディテール活動が不十分ではないか」「この医師をもっと訪問したほうがいい。私も同行しよう」といった形で、事実を基にコーチングするようにしている。

 一般にSFAは、現場のMRからは、「管理強化」と取られがちだ。「管理ツールと受け取られないようにするにはどうすればいいかを考え抜いた」(伊集院部長)。画面には、占いや同僚MRのインタビュー記事など、業務とは直接関係のないコンテンツも盛り込んで、MRの興味を引くようにしている。

すぱっとの構築・運営を担当している営業企画部の常岡慶太氏、伊集院哲部長、永井康浩氏(左から)
すぱっとの構築・運営を担当している営業企画部の常岡慶太氏、伊集院哲部長、永井康浩氏(左から)

医師情報や販促資料も連動

 すぱっとを活用したPDCAサイクルを回す前提となるのが、訪問計画を立てる際に必要となる医師(顧客)の情報である。新システムでは顧客情報を整備。医師の名前や医療機関名、専門分野や前任者も含めた訪問履歴などを管理し、訪問計画時に参照できるようにした。

 訪問先やディテール回数などをいくら管理しても、医師が説明内容に納得しなければ薬は採用されない。そこで、「プロモーションサポート」機能も強化した。従来は説明に必要な情報が社内に分散しており、探すのに手間取ることがあった。

 新システムでは、製品や訴求メッセージごとに、関連文献や説明用スライド、Q&Aなどの資料をウェブ画面で容易に引き出せるように整理した。医師情報ともきめ細かく連動しており、「ある資料に関連の深い医師の一覧」「ある医師に説明するのに適した資料の一覧」なども参照できる。

 すぱっとの活用が進むにつれて、システムから得られる製品ごとのディテール回数の推移と、市場調査会社が保有する医師側の製品認知度の相関性が高まってきたという。新システムによる営業強化策が医師に浸透しつつあるようだ。

 具体的な成果の1つが、高血圧症治療薬「アムロジン」の拡販である。旧住友が10年以上販売してきた製品だが、旧大日本出身のMRにとってはなじみの薄い「新製品」に当たる。それでも、MRによるアムロジンのディテール回数や効果が十分でない場合は、すぱっとの「気づき画面」を見れば一目で分かる。実際には、旧大日本出身のMRも積極的に活動し、ディテール回数は大幅に増えた。アムロジンは2007年3月期に592億円(前年比4%増)を販売。2008年3月期は一気に11%増の660億円まで増やす見込みだ。

 アムロジンは特許期限切れが迫っており、MRは、水無しでも服用できる「OD錠」と呼ぶ新型錠剤への切り替えを促す活動も展開している。昨年7月の発売以来、既に約2割がOD錠に切り替わった。「こうした全社戦略の進ちょくを追跡するうえでも、すぱっとが役に立つ」(伊集院部長)。新システムは、営業戦略を支援し、合併の相乗効果を高めるうえで不可欠な道具になっている。

*記事に登場する方の肩書きは2007年4月の取材時点のものです。