写真1●たけびしの下野哲生・情通ソリューション統括部長兼電子通信システム部長
写真1●たけびしの下野哲生・情通ソリューション統括部長兼電子通信システム部長

 京都の電子機器関連商社であるたけびしは2006年,無線LANシステムの導入後に大規模なオフィスの増築を経験した。増築はネットワーク・インフラに多大な影響を与える。「増築という話になって,スペースが広くなるので,無線LANのアクセス・ポイント(AP)を増やさなければならない,どうしようかと迷っていた」と下野哲生・情通ソリューション統括部長兼電子通信システム部長(写真1)は当時を振り返る。

 実際,無線LANのエリアを広げる場合,最適な電波状態にするための置局設計をやり直し,無線LAN APの台数を増やしたり,設置場所を変えたりといった作業が必要となる。

 だが,たけびしはこうした一般的な対応と異なり,既存の無線LAN APの台数を増やすのではなく,無線LANシステムを全面的に入れ替えた。というのは,既存の無線LANシステムをベースに拡張する費用と,新たな製品を使ってゼロから無線LANシステムを構築する費用が同程度であることに加え,無線LAN環境で利用していた無線LAN/FOMAのデュアル携帯端末である「N900iL」の使い勝手を改善できることが見込めたからだ。

同一チャネルをグループ化

 たけびしが無線LANを構築したのは2005年のこと。N900iLを145台導入した。その後,新館の増築に合わせて2006年11月から無線LAN拡張の検討を始め,12月末には全面的に刷新する方針を固めた。その際,機能面で決め手となったのが「仮想セル方式の考え方」(下野部長)だ。仮想セル方式とは,同一周波数のエリアが隣接しても電波干渉が発生しにくい無線の制御方式を用いて,複数の同一チャネルのセルをあたかも一つのセルのように端末側に見せる方式である。

 増築時にたけびしが新たに採用した三菱電機製の無線LANシステムは,「グループセル」と呼ぶ仮想セル方式を採用している(図1)。グループセルの特徴は,(1)同一チャネルの複数セルをグループ化して管理する,(2)グループ化しても各APは端末から個別のAPとして見える,というものだ。(1)によって電波の出力調整や設置場所の調整などの手間が減り,(2)によって端末移動時は同一グループ内でもAPが切り替わるので,いつまでも同じAPに端末が接続し続けるような状態を防げるという。

図1●たけびしが新館増築時に採用した三菱電機製の無線LANアクセス・ポイント(AP)の特徴
図1●たけびしが新館増築時に採用した三菱電機製の無線LANアクセス・ポイント(AP)の特徴
隣接する複数のセルのチャネルを同一に設定し,仮想的に同じセルとして扱うことができる。

 たけびしがそれまで使っていた無線LANシステムは,隣接AP同士に異なるチャネルを設定して電波干渉を避ける一般的な個別セル方式だった。同社は「従来機器だとトイレや喫煙場所では音が途切れた」(下野部長)ものの,大きなトラブルもなく使用してきた。

 だが,増築によって無線LANのエリアが広がると,電波干渉の懸念が増す。隣接するAP同士は異なるチャネルを設定するが,チャネルの数は限られる。APの台数が増えると,同じフロアに同一チャネルを使ったセルが多くなる。

 無線LANを音声で利用する場合,電波干渉は音が途切れたり,通話が切れるといったトラブルを引き起こす。たけびしはこれまでも,「電波干渉する部分があったので,出力を落とし気味に使っていた」(下野部長)。ただ,出力を落とすと無線LANの不感地帯ができやすい。このため,執務スペースから離れた廊下などが無線LANのエリア外になってしまうなど,エリア設計が難しかったという。

渡り廊下でもハンドオーバー

 たけびしはN900iLを導入する以前,携帯とPHSのデュアル端末である「ドッチーモ」を使っていた。ドッチーモは後継機がないため,N900iLに移行した。同社では,社内で移動しながら通話するという使い方が当たり前となっており,増築してもその使い方は変わらない。「本館と新館の間のハンドオーバーは必須。シームレスに使いたかった」(下野部長)。このシームレスな環境を手早く実現するのに,グループセルが適していた。

 無論,既存の無線LANシステムでもハンドオーバーはできる。たけびしも増築が決まった当初は既存の無線LANシステムを拡張することで対応できると考えていた。だが同社が既存機器と三菱電機製の両方で見積もりを取ったところ,既存システムの拡張費用と,全部入れ替える費用がほぼ同じだった。その時点で,機能面でたけびしの要望を満たしていた三菱電機製の無線LANシステムへの移行を決定した。ケーブルの敷設工事を除き,置局設計を含めて数百万円で移行できたという。2007年2月から本稼働を開始し,本館と新館の間のハンドオーバーも実現してい(図2)。

図2●新館を増築した際に無線LAN機器を全面刷新
図2●新館を増築した際に無線LAN機器を全面刷新
新館の増築によってフロア面積は2倍以上に広がった。無線LAN APの台数は従来比約1.5倍ながらも,本館/新館の全域をカバーし,本館と新館の間のハンドオーバーも実現。渡り廊下も通話しながら移動できる。  [画像のクリックで拡大表示]

 現在,同社では1フロア約60人がN900iLを利用している。1AP当たりの同時通話数は10通話程度を想定。従来は同時通話数を6通話と想定して設計していた。N900iL自体の設定は一部変更したものの(表1),週末に作業を実施したため,エンド・ユーザーには全く影響を与えずに無線LANシステムの刷新は完了した。

表1●無線LAN刷新後のN900iLの設定例
表1●無線LAN刷新後のN900iLの設定例