総合塗料最大手の関西ペイントは5月,自動車補修用塗料の配合情報を検索できるシステム「Hi!Goクイック」の稼働を開始した。自動車塗装工場向けに導入を進めている。おサイフケータイの機能を活用し,簡単に配合情報をハカリに転送できるようにすることで塗装現場の省力化を図る。

 「自動車を擦って傷付けてしまった!」──。そうしたときに活躍するのが自動車補修用塗料だ。塗料メーカーが提供する塗料を車種,カラーごとに決められた比率で混ぜ合わせることで,自動車の塗装と同じ色を再現する。

写真1●システム構築を担当した関西ペイントの信藤健一・経営企画室情報システム部担当部長(左),関西ペイント販売の平田信人・取締役自動車補修塗料本部副本部長(中),森野光治・自動車補修塗料本部調色技術部1G(大阪)課長(右)
写真1●システム構築を担当した関西ペイントの信藤健一・経営企画室情報システム部担当部長(左),関西ペイント販売の平田信人・取締役自動車補修塗料本部副本部長(中),森野光治・自動車補修塗料本部調色技術部1G(大阪)課長(右)

 ただし,自動車の色の再現は,決して簡単な作業ではない。自動車の車種,カラー・バリエーションが年々増え続け,塗料の配合パターンが数万種類にも及ぶからだ。塗装工場は,適切な配合を見つけ出すために苦しんでいるのが実情である。

 そこで国内最大手の総合塗料メーカーである関西ペイントは,携帯電話で自動車補修用塗料の配合情報を検索できるシステム「Hi!Goクイック」を立ち上げた。5月から,板金塗装工場や点検整備工場など,自動車の補修を手掛ける企業への導入を始めている。システム構築のサポートは,通信機器メーカーのサクサが手掛けた。

 Hi!Goクイック構築の狙いについて,関西ペイント子会社で自動車補修用塗料を手掛ける関西ペイント販売の平田信人取締役自動車補修塗料本部副本部長は「当社は自動車補修用塗料の分野でシェア1位だが,さらにシェアを伸ばしたい。塗装工場が契約する塗料メーカーを乗り換える動機として,Hi!Goクイックの使いやすさを売り込みたい」と言う(写真1)。

携帯一つで塗料の配合量を検索

 システムの具体的な仕組みは以下の通り(図1)。関西ペイントは,自動車補修用塗料の配合情報データベースとWebサーバーを用意。一方,塗装工場には,おサイフケータイ対応の携帯電話とFeliCaリーダー/ライターを用意してもらう。後者はシステム導入時に関西ペイントが販売する。

図1●関西ペイントが構築した配合情報検索システム「Hi!Goクイック」のシステム構成
図1●関西ペイントが構築した配合情報検索システム「Hi!Goクイック」のシステム構成
補修塗装を担当する工場の作業員が,メーカーと塗色番号を携帯電話で検索することで塗料の配合量を調べられる。配合情報データベースは構築済みのものを利用することで,新規開発を最小限に抑えた。  [画像のクリックで拡大表示]

 塗装工場のユーザーは,携帯電話で専用の i アプリまたはBREWアプリを起動後,サーバーとの間で認証して,関西ペイントのWebサーバーにアクセスする。このサイトで自動車メーカー名と塗色番号を入力して検索すれば,塗料の配合情報を得られる。

 検索結果は,携帯電話のローカルにあるモバイルFeliCa ICチップ共通領域に保存される。この携帯電話を塗料計量用の電子ハカリに接続したFeliCaリーダー/ライターにかざすと,電子ハカリに塗料の配合情報がグラム単位で転送される。この配合情報に従って塗料を混ぜ合わせれば目的の色の塗料を配合できるというわけだ。

写真2●配合パターンごとに表示される「ワンポイントアドバイス」
写真2●配合パターンごとに表示される「ワンポイントアドバイス」

 システムの技術面を担当した関西ペイント経営企画室の信藤健一情報システム部担当部長は「配合量を電子ハカリに簡単に転送できることが,他の塗料メーカーの配合情報検索システムにない特徴」と胸を張る。電子ハカリに数値を手入力しなくて済むようにすることで,手間を省いたうえミスが入り込む余地を排除している。

 なお,最終的には塗料の配合割合の微調整が必要になる。自動車メーカーが塗装した工場や年代ごとに微妙に色が異なることがあるうえ,塗装が経年で変質したり日焼けしたりすることなどが原因だ。細かい調整は「現場の職人の経験頼り」と,関西ペイント販売の森野光治自動車補修塗料本部調色技術部1G(大阪)課長は説明する。Hi!Goクイックでは,こうした職人の判断をサポートするために,塗料の配合パターンごとに調整に必要な情報を「ワンポイントアドバイス」として表示できるようにしている(写真2)。


従来は小規模工場への導入進まず

 同社は従来,専用端末を利用した「Big Vanステーション」と呼ぶ配合情報検索システムを提供していた。これは2001年に始めたものだったが,刷新の検討を迫られていた。

 最大の理由は,専用端末の製造元が,ベースとなる端末の生産中止を表明したことだ。関西ペイントが調達済みの在庫はあったが,次のシステムを検討する必要があった。

 塗装工場側のネットワーク環境の変化も,システム刷新を急がせる要因になった。NTT東西地域会社の「ひかり電話」の普及で,アナログ電話回線のない塗装工場が出始めていたことだ。Big Vanステーションの端末は,アナログ電話回線によるダイヤルアップ接続で配合情報システムへアクセスする仕組み。塗装工場が電話回線をひかり電話に切り替えていると,ダイヤルアップ接続できなくなる。そのため関西ペイントは,ひかり電話の普及が進む前に次世代システムの構築を始めなければならなかった。

 また,Big Vanステーションは塗装工場の金銭負担が大きく,小規模の塗装工場にとってはなかなか導入しにくいという事情もあった。初期費用として端末価格が19万円かかり,システム利用料に当たる年会費は年間1万9000円だった。「塗装工場は家族経営の小さな企業が多いので,そうした方にとって負担が重かったかもしれない」(関西ペイント販売の真貴田厚自動車補修塗料本部営業部課長)。

 関西ペイントにとって,配合情報検索システムは塗料の販売を伸ばすためのツール。シェアを伸ばすには,小さな工場が導入しやすいシステムにしていく必要があった。

小規模工場を想定しコスト削減徹底

 そこで,2003年秋に検討チームを発足させ,新システムの検討を開始した。

 新システムでは,塗装工場の金銭負担を小さくする工夫が多くある。その一つは携帯電話の活用だ。「携帯電話ならば,塗装工場の従業員が所有しているものをそのまま利用できる」(関西ペイント販売の平田取締役)からだ。塗装工場の初期負担は,FeliCaリーダー/ライターの6万円弱となる。なお電子ハカリは,塗装工場が関西ペイントの塗料を採用した時点で導入する。

 塗装工場の年額利用料を安くするため,システム構築コストを抑える工夫もしている。具体的には,(1)既存資産を活用して新規開発するシステムを最小限にする,(2)携帯アプリの機能を最小にする,という手を打った。

 システムのうち,新規開発したのは配合情報の検索画面を表示させるWebサーバーと,携帯電話にインストールする i アプリ,BREWアプリだけ。配合情報のデータベースは,従来のBig Vanステーションで利用するものを流用した。平田取締役は「システム投資額は数千万円規模。あまり大きな額ではない。もしデータベースを作り直していたら,構築コストは一桁,二桁違っていた」と振り返る。

 携帯アプリの機能は,(1)認証,(2)ブラウザを立ち上げて所定のURLにアクセス,(3)モバイルFeliCaの共有領域に情報を書き込む,の三つに絞った。配合情報の検索には,携帯電話のブラウザを利用する(図2)。

図2●Hi!Goクイックを利用する例
図2●Hi!Goクイックを利用する例
認証とFeliCa ICチップへの情報書き込みにiアプリ(BREWアプリ)を利用し,配合情報の検索にはブラウザを利用する。大部分の処理をブラウザに担当させることで,携帯電話の新機種が登場した時の携帯アプリ改修を最小限で済むようにした。

 アプリの機能を絞ったのは,メンテナンス・コストを最小にするため。携帯電話の機種ごとに,画面サイズやアプリケーションの挙動が異なることがある。そのため,アプリが担当する機能を多くするほど,新機種登場時に検証すべき項目が増える。そこで,アプリの機能を少なくしてメンテナンスの手間を省き,コストを抑えた。

 こうしたシステム面のコスト削減により,利用料を年額1万2000円に値下げできた。

パソコンは塗装現場に向かない

 実は,新システムの端末としては,パソコンも検討した。しかし,「OSのバージョンやインストールされたほかのアプリケーションなどがユーザーごとにまちまちでサポートしづらい。さらに空気中に舞った塗料のカスが基板やコネクタに付着してトラブルを起こしやすい」(関西ペイントの信藤担当部長)といった点がネックになった。

 一方,携帯電話はパソコンに比べると過酷な環境に強い。また,機種,ユーザーごとの違いはパソコンほど大きくない。「携帯電話が社会インフラ化しているので,端末の仕様が急に変わって使えなくなる可能性は低い」(関西ペイント販売の平田取締役)と,長期利用を見据えてシステムを構築できる点も評価。携帯電話に一本化して検討することにした(図3)。

図3●配合情報検索システムにおサイフケータイを採用した決め手
図3●配合情報検索システムにおサイフケータイを採用した決め手
パソコン,携帯電話(一般の携帯電話,おサイフケータイ対応携帯電話)を比較して決めた。
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 携帯電話の採用を決めた後は,電子ハカリとの接続方法が問題となった。携帯電話とハカリをシリアル・ケーブルで接続する方法を採用すれば,コストが安く済むうえ,携帯電話の多くの機種に対応できる。だが,実機でテストしてみたところ,機種ごとに仕様が微妙に異なるためトラブルの原因になりやすいことが分かった。「機種によって極端に接続速度が遅くなる場合などがあり,採用するとサポートが大変になる」(関西ペイントの信藤担当部長)と判断した。

 変わって浮上したのが,おサイフケータイを利用してハカリに情報転送する方法だ。実機テストの結果で動作や使用感を確認し,採用を決めた。

 なお,携帯電話にインストールするモバイルFeliCaを制御するアプリケーションの仕様が,携帯電話事業者ごとに異なる。そこで関西ペイントでは,NTTドコモとau(KDDI)にまず対応し,ソフトバンクモバイル対応は今後検討することにした。